『レスター その雪降る街での出来事に』

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 昼に近い朝。
 空は黒い灰色。
 雲に拒まれた陽は地上に届かない。
 数日間降り続く雪は、街を白銀の世界へと姿を変えた。
 今の空を映す灰色の海上に街があった。
 伸びた楕円形をした街を東から西へ、北から南へ、汽車用の線路が交差し、伸びている。
 どこに行っても同じレンガ造りの建物。
 街道は完全に舗装された碁盤の目のような石畳。
 その石畳の脇には水路が設けられている。
 街の中を走る自動車の姿はなく、街道には人の歩く姿しかない。
 この街の主な交通は水路を使ったゴンドラが使われていた。
 そのため、水路に降りるための階段があちらこちらにあった。
 のんびりとした空気の流れる、あたたかい街。
 その街道を通る人々の中を妙齢の女性が1人、辺りを見渡しながら歩いていく。
 街の至る所から賑やかで楽しい雰囲気が漂っている。
 その雰囲気が女性の中にも伝わってくる。
 その中を歩くだけでその女性もなんだか楽しくなっていた。


 北西、北東、南東、南西と大きく4つのブロックに分かれた街。
 その南西にある教会。
 10代半ばの少年は教会の神官に出発の挨拶をした。
「これはこの街の特産物です。道中でお召し上がりください」
「ありがとうございます。ところで、今日は街でお祭りですか? 街に楽しい雰囲気が満ちていたのですが」
 少年は特産物の包みを受け取りながら、教会の外から聞こえる賑やかな声に耳を傾ける。
「はい。今日から10日間、街で盛大なお祭りがあるのですよ」
 この街では、この時期になると近隣の街からも人が集まる大きな祭りがある。
 長かった冬に終わりを告げて、やがてやって来る春を祝うお祭りである。
 少年が街に着いたときには、すでに祭りの準備で街は賑わっていた。
 街の至る所に氷細工の彫刻が設置されていた。
 今夜がちょうどそのお祭りの初日。
「そうですか。最後にもう一度訊ねますが、この男をご存知ありませんか?」
 少年はジャケットのポケットから取り出した写真を神官に見せていた。
 少年は全身を黒で覆い、漆黒の髪、瞳をしている。
 その漆黒の瞳は写真を眺める神官をじっと見つめていた。
「……申し訳ありませんが、やはり知りません。この男は何をしたのですか?」
 神官は写真を少年に返して訊いた。
「いえ、別に。知らなければ結構です。それでは僕はこれで失礼します」
 少年は写真をしまい、踵を返した。
 その返した先。少年の目には教会のドアを開け、
「神官さま。子供たちは……」
 少年と目が合い、驚きに顔を染めた女性が映る。
 長身ですらりとした体型をした妙齢の女性。
 そして、その女性からは魔力が感じられた。
 少年の表情が鋭いモノへと瞬時に切り換わる。
「逃げるのです、ルシール!」
 神官は少年の腕に飛びついた。が、あっさりと少年に床へ押さえつけられる。
 背中から落ちた神官は短く悲鳴をあげた。
 その神官に向けて少年は腰からナイフを素早く取り出し、喉へと向けた。
 そして、空いたもう片手にいつの間にか手にした大太刀を女性へと向けられる。
「あの女性は、魔女ですね。なぜ、神官であるあなたが魔女をかばうのですか?」
 顔を青く染めた神官にナイフの切っ先をさらに喉へ近づけると、
「離してあげてください!」
 ルシールはさらに続けて言った。
「神官さまは関係ありません。だから、神官さまを離してください。お願いします」
 少年はルシールの目を見つめ、そして、神官を離した。
「あなたは、魔女ですね?」
 少年はルシールへと聞いた。
「はい。あなたは、教会の討伐者ですね?」
「そうです。そして魔女を見つけた場合、任務とは別に対処せよとの命を受けています」
 少年はナイフを元の場所へしまい、大太刀を両手で構え、言葉の終わりと同時にルシールの懐へ詰め寄った。
「……それに私は従います。ただ、お祭りが終わるまで待っていただけないでしょうか?」
 詰め寄ったはずだったのだが、少年の視界からルシールは姿を消し、背後から声が聞こえた。振り返ると、倒れた神官を抱き起こして少年に顔を向いている。
「ルシール、私に構わずルルを連れて逃げるのです!」
 神官はルシールを急かすが、ルシールは首を振る。
「いいんです、神官さま。いずれこうなると覚悟していましたから。だから、前に頼んだこと、お願いできますか?」
 神官はそのルシールの目をじっと見つめ、静かに頷いた。
「ありがとうございます。神官さま、もう子供たちは教室ですか?」
「……はい。ルルも一緒に教室へと向かいました」
「わかりました。さあ、討伐者の方、行きましょう。それと、神官さま。後でルルを連れてきます」
 神官は教会を出て行くルシールと少年の後ろ姿を黙ったまま見つめていた。


 少年はルシールと共に教会を後にし、肩を並べて、街中を歩いた。
 街中には趣向を凝らした仮面や衣装を身につけた街人たちの楽しい想いで溢れていた。
「ありがとうございます。私のわがままを聞いてくれて」
 ルシールは隣を歩く少年へと笑みをみせる。
「……今の僕の力ではあなたに構いません。他にも色々と考えましたが、通用しそうにありません。それならあなたの言葉を信じることしかないのですよ。『白刃』ルシールさん?」
「……気がついていたんですか」
「最初にあなたから魔力を感じたとき、わずかに見えた魔力光色が白だったからです」
 魔力光色とは、個人の魔力波長の違いによって異なる魔力光の色のことをいう。色は波長の違いを示すだけであり、個人の魔力特性とはなんら関係性はない。ただ、異名などを付けるときにその魔力光の色が含まれることが多い。
 しかし、少年は横目にルシールを見て思った。
 この女性が自分の生まれた村を全焼させ、その近隣にいた教会の討伐者たちを倒した『白刃』だとは想像がつかなかった。
「あっ、みんな! ルシール先生がきたぞ!」
 教会のすぐそば。
 教会の横道をまっすぐに進んだ先にある小さな建物。
 入り口を入ると、その先の部屋からひょっこりと顔を出した黒マントを身につけた10歳くらいの少年が中にいる同い年くらいの少年少女へとルシールの到着を知らせる。
 中から出てきた子供たちはみんな黒マントを身につけていた。
 少年と少女がそれぞれ10人ずつ。計20人の子供たちがルシールを囲む。
「みんな宿題はやってきたかな?」
 元気に手をあげ、返事をする少年たちの手には顔を覆う白い仮面があり、様々な色で模様が描かれていた。
「では、その仮面をつけてお祭りへとでかけましょう。さあ、列を作ってくださいね」
 子供たちは元気に返事をすると、仮面をつけて建物の外へと出た。
「ママ、じゃなかった先生、私の仮面可愛い?」
 色様々な花が描かれた仮面の少女がルシールの足元へとやってきた。
「ええ。可愛いわよ、ルル。さあ、ルルも列に並んでね」
 ルシールはルルと呼ばれた少女の目線まで腰を落とし、微笑んで答えた。
 ルルは嬉しそうに返事をして、他の子供たちが作る列の中に並んだ。
 ルシールはきちんと2列に並ぶ子供たちの前に立つと、今日のお祭りに少年も同行することを伝えた。
「お姉ちゃん、名前はなんて言うの?」
 子供たちに名前を聞かれた少年はレスターと名乗り、自分はお姉ちゃんではなく、お兄ちゃんであると訂正した。また、子供たちもレスターにそれぞれ自己紹介をした。
「だって、レスターお兄ちゃんって綺麗な顔をしているから女の子かと思った」
「私も女の子かと思ったよ」
 そう口々に言われ、仲間からお嬢ちゃんとからかわれていることが脳裏をよぎった。
「レスターお兄ちゃんは、仮面と黒マントをつけないの? このお祭りは仮面と黒マントが正装なんだよ。せっかくこのお祭りに参加するんだし、着たほうが楽しいよ」
 他の子供たちにも勧められ、レスターは近くにあった仮面屋とマント屋に行き、仮面とマントを選び、身につけた。
 その際、仮面屋とマント屋の店主に綺麗なお嬢さんにはサービスして安くしとくよ、と言われたが、安く買えるならと否定はせず、好意として受け取った。
 子供たちのところへ戻ると、ルシールも仮装をすませ、レスターを待っていた。
「さあ、レスターさんも戻ってきたので、出発しましょうね」
 そして、ルシールを先頭に雪降る白銀の世界へくりだした。
 時間が経ち、街は明かりを灯し、その明かりはとても綺麗に輝いていた。
 止まずに降り続ける雪に光が反射して、とても綺麗に輝いている。
 街は幸せに満ちていた。
 どこを見ても、そこには幸せそうな笑顔。笑顔。笑顔。
 レスターも子供たちと楽しみ、ルシールとルルも手を繋ぎ、とても楽しそうに幸せな顔をしている。
 お祭りは10日間開かれ、夜通し大騒ぎで最終日に近づくにつれ、熱気を帯びていき、冬の寒さを感じることはなかった。
 街中はどこか幻想的な雰囲気が漂っていて、まるで街全体が別世界へとやってきたようだった。
 最終日の夜。
 街の中心部にある大広場に街中の人々が集まった。
 お祭りの最後を飾るイベントとして、街を囲む海上から東西南北の全方位から無数の花火が打ち上がり、どの方角の夜空を見ても、花火が姿を見せ、夜空は花火の花畑へと姿を変えた。
 その夜空を見ながら、街中は最後の花火が打ち終わるまで賑やかな時間を過ごした。


 誰もいない街外れの海岸沿い。
 さきほどまでの賑やかさが嘘のような静寂の中、レスターとルシールは子供たちと別れ、寝付いたルルを神官のいる教会に預け、海岸沿いにある古びた建物に来ていた。
 そこはルシールが最後に行きたい場所として選んだ。
 中に入って懐かしそうに部屋の中を眺めているルシールを見て、レスターはルシールに声をかけ、
「あなたは本当に『白刃』ですか? お祭りの間、一緒にいて見ていたあなたと僕が教会から聞かされた話での『白刃』とだいぶ食い違うのですが……」
 レスターは疑問に思ったことをそのまま声にしてルシールへ聞いた。
「ええ。教会にどう伝わっているか知りませんが、私が『白刃』と呼ばれているのは間違いありません――」
 この街から遠く離れた小さな村。
 その村でルシールは結婚をし、すぐに一児の娘を授かった。
 娘が生まれる前に愛する夫を事故で亡くしたが、様々な治療薬の研究をし、その治療薬を近隣の村などへ売っていたため、生活には困らず、生まれたばかりの娘と幸せに暮らしていた。
 そんなある日のこと。
 いつものように近隣の村へ薬を届けに行こうとしたが、外はあいにくの雪だった。
 そのため、まだ生まれたばかりの娘を連れてはいけないと隣の家に預けて村を出た。
 数日後、近隣の村へ薬を届けて、村へ帰ってくると村の様子がおかしかった。
 雪の日は外出する者も少なく、村が静かなのもおかしくはないのだが、あまりにも静かだった。
 そんな不安に思った矢先、村へ入ってすぐの所で村人の3人が倒れていた。
 ルシールは倒れた村人を抱え起こしたが、黒いあざだらけになって息が絶えていた。
 他の2人を見ても、全身を黒いあざだらけにして亡くなっていた。
 黒いあざが原因なのだろうと検討はつけたが、ルシールはそれどころではなかった。
 不安に駆られたルシールは残してきた娘の元へと急いだ。
 しかし、隣の家に駆け込んだときには娘も隣家の村人と一緒に息を引き取っていた。
 生きている村人がいないかと探したが、生きているのはやはり黒いあざだらけになって苦しむ者だけだった。
 誰一人平気な村人はいなかった。
 ルシールに助けを求める村人はみんな苦しそうだった。
 とても苦しそうだった。
 助けようとしたが、ルシールには助ける術がなかった。
 今あるルシールの治療技術は全て試したが効果がなかった。
「――だから、村に火を放ちました。村人を苦しみから解放するために。そして、私は村を出ました」
 ルシールが自分の手を見つめる目はとても悲しい目をしていた。
 レスターはそんなルシールを静かに見つめ、話の続きを黙って聞いた。
「そして、娘や村人の仇を見つけ、討つために教会の討伐者たちを討ちました」
 黒いあざだらけの村人を見て、ルシールが思いついた病気は魔力枯渇性黒死病だった。
 それは、魔女などの魔力を持つものが一時的に魔力を抑えるために使う魔力抑制薬を過剰摂取したときに起こる死の病である。
 しかし、これは稀にしか起きず、大抵は魔力の一時的な使用不可に陥ったり、発熱などの症状ですむのだが、魔力を持っていない生物が口にすると、しばらく苦しんでから死に至る病気である。
 そして、少し前のこと。
 その魔力抑制薬の性質を利用し、村の井戸に魔力抑制薬を入れ、その井戸水を飲んで生き延びている者が魔女だといったやり方で魔女を討伐して教会へ魔女を差し出し、教会から大金を手にしようとしている集団がいることを知った。
 ルシールのいた村をやったのもその集団だと仮定をして、その集団を探した。
 その道中、やはりその集団が村を襲った犯人であることが確定し、居場所を突き止めることに成功した。
 その際、証拠や居場所を突き止めるために多くの討伐者と戦い、倒していった。
 その時の戦いから『白刃』の異名を持つ魔女と呼ばれるようになった。
「――そして、私は娘たちを亡き者にした集団を倒し、仇を討ちました」
 ルシールの話が終わり、一呼吸おいてレスターが話し出した。
「教会で聞いた『白刃』の話とだいぶ違いますが、それはこの際関係ありません。あなたの言う話が本当のこととして聞きますが、あなたは彼らを、村人を苦しみから解き放てたのでしょうか?」
 レスターのその言葉を聞き、ルシールは顔をあげ、レスターの顔を見た。
「あなたは村人たちの苦しみを解放するために村を焼いたと言いました。しかし、それは違います。村を焼いたのは村人のためではなく、あなた自身のためです」
 レスターの言葉をルシールは黙って聞いた。
「人が火に焼かれ、すぐに死ぬでしょうか? きっと時間をかけ、死ぬことになるでしょう。これがあなたの言う苦しみからの解放でしょうか? きっと彼らはあなたを恨んでいるでしょうね。あなたはただその地獄絵図のような光景を見るに耐えなかった。だから、村を焼いた。そして、あなたは逃げた。その場から逃げたんだ。本当に村人たちを苦しまずに殺すなら、あなたの力を使えばよかったのではないですか? 相手に苦しみさえ与えずにこの世からの離脱を与える『白刃』の力で」
 そこでレスターが言葉を切り、しばしの沈黙が流れた。
 その沈黙を破り、先に言葉を出したのはルシールだった。
「あなたの言う通りです。親しんだ村人が苦しむ姿を見たくはなかった。すぐにでも楽にしてあげたかった。でも、……直接私の手で殺すことはできませんでした。だから、焼いたのです」
「なら、なぜあなたはルルちゃんの母親をやっているんですか? 彼女はあなたの実の娘ではありませんよね? 彼女からは魔力の欠片すら感じられなかった。しかし、どうしてそんな……」
「馬鹿げたことを、ですか?」
 レスターは黙って頷き、質問の答えを待った。
 その質問にルシールはすぐには答えず、部屋の中を歩いた。
 レスターは黙ったまま、目でルシールを追う。
「拾ったんですよ。この建物の入り口のところで。まだ生まれてそれほど経っていなかったあの子を。なので、私が育てることにしたんです」
「なぜ、施設に預けなかったのですか? いずれこうなることがわかっていたのなら、なぜ?」
「そう、わかっていました。でも、できませんでした。1人は嫌だったので。1人は寂しかったので。思い出すんです。1人でいると。あの村のことを思い出すんです。夫のことや娘のこと、村人たちとの楽しかったとき。そして、私の手にかけた人たちのことを――」
 娘たちの仇を討ち、空っぽだった。
 もう生きる目的はなかった。
 帰るべき自分の村は自分が焼き、娘や村人たちは塵となり、どこかへ舞い飛んだ。
 自分のいるべき場所はどこにもなく、ただ虚ろなまま道なき道を歩いた。
 ただただ歩き続けた。
 そんな目的のない放浪の中、空っぽだった自分に変化が起きているのを感じ取った。
 幾つもの街や村を通り抜けるとき、だんだんと感情が揺らいでいくのを感じた。
 それは無くしたはずの幸せな光景。
 自分も永遠に持ち続けるだろうと思っていた幸せの形。
 だんだん思い出してくる幸せだったときのあの頃。
 村人たちとの楽しい日々。
 夫や娘との幸せな時間。
 それを大きく感じたとき、自分が1人でこの世界に取り残された孤独感を強く感じた。
 そして、あの集団を見つけるために多くの人の幸せを奪い、あの集団と同じことをしていたのだという自分自身への軽蔑と罪悪感。
 それを大きく抱いたとき、ルシールは倒れた。
 まったく何も口にせず、精神的にも肉体的にも限界を通り越して倒れた。
 気がついたのは、教会。
 目覚めたルシールを教会の神官とそこで学んでいた子供たちがかいがいしく世話をしてくれた。
 そのとき、ルシールは涙した。
 久しく感じることのなかった幸せに。
「――そして、私は教会のお手伝いをすることにしました。それはとても楽しいものでした。でも、夜になると子供たちはそれぞれの家に帰ります。神官さまもご自宅へと帰られ、私は教会そばの自宅へと帰ります。自宅に帰ると誰もいません。私ただ1人。そうすると思い出すのです。昔のことを……。そんな時でした。ルルを拾ったのは。それはとても幸せなことでした。私は死んだ娘と同じ名前を与え、見ることのできなかった娘の成長を今のルルに見ることができて」
 ルシールは歩くことをやめ、レスターの方へ向き直り、まっすぐに目を見つめた。
「あなたは自分の幸せのために、ルルちゃんの幸せを奪った。これからあなたは死ぬ。彼女はまた1人になる。あなたはヒトとして最低の行為をしたんだ! 自分の幸せのために、ルルちゃんを不幸にする! 自分のエゴのために、あなたは!」
 レスターはまっすぐに見つめるルシールの目を鋭い目で見つめ返した。
「……はい、そうですね。私は十分に罪人ですよ。私に対する憎しみで任務が楽になるならそうしてください。以前の私の行為を考えれば、魔女と呼ばれても仕方がありません。教会の判断は間違っていません」
 そんなレスターの視線から視線を外し、窓の外に目を向けた。
「あ、あなたは僕にそんなことを言える立場ではないです! 罪人である魔女が討伐者である僕に!」
 レスターは自分を恥じた。
 討伐者である自分が教会からの魔女討伐の使命に対して躊躇してしまったことに。
 討伐対象である魔女にそれを感づかれ、後押しされたことに。
 そして、それに対する感情を隠すために声をあげたことに。
「その通りです。だから、あなたが来た。やはり、私は罪人ですね。討伐者に見つかったときは、自分の罪を認め、裁かれることを決めていたのに。あなたに裁かれると約束したのに。今になってこんな話をして、裁かれようと思う反面、まだルルたちといたいと思ってしまう」
 ルシールは右手で目を覆いながら、そう語った。
「なら……もう……やめてください」
 レスターはいつの間にか出した大太刀を右手で強く握る。
「……そうですね。全てを終わりにしましょう」
 ルシールはレスターの前へ一歩踏み出した。
「最後に、何かいうことはないですか?」
 レスターは大太刀を身構える。
「あの子、……ルルはどうなりますか?」
 ルシールは目をゆっくりと瞑った。
「あなたが育てはしましたが、彼女は魔女ではありません。だから、僕たち討伐者が彼女に何かをすることはありません」
「そうですか……。それを聞き、安心しました」


 街の中央にある駅。
 そこから発車する列車にレスターの姿があった。
 指定席に座ると、向かいの席では楽しそうに話す親子の姿があった。
 レスターにはどこかルシールとルルの姿に似ている気がして、窓の外へ視線を向けた。
 その窓の外。
 いまだ雪は止むことなく、降り続けていた。
 その景色に魔女のいなくなったこの街での出来事を重ねた。
 そして、しばらく見つめた後、視線を手に持つ写真の男へ目を向ける。
 『氷雪の青き鳥』ソルト・シンフォニーについてルシールにも訊ねたが居場所をつかむことが出来なかった。
 結局、この街では『氷雪の青き鳥』についての情報は手に入らなかった。
「彼は一体どこにいるのだろうか……」
 発車時刻になり、列車はゆっくりと動き出した。
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