アルンピニオンの一幕

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 春には春の花。夏には夏の花。秋には秋の花。冬には冬の花。
 都市中には四季折々、美しい花が満ちている。その都市の名はアルンピニオン。花の都と称されるウィンドブルーム国の南東に位置し、庭園都市と呼ばれている。
 その都市全体を見渡せる丘の上。そこに建てられた大きな屋敷の1階大広間に、一体の人形――対魔導師用機械人形がいた。
 けれど、その姿は美しい女性にしか見えない。対魔導師用機械人形は魔力を持たない者が魔導師相手に戦うために作り出された人形だ。その能力や容姿等は作った人形師の技量が反映されるため、世界には様々な対魔導師用機械人形がいる。それでも、大広間をメイドの格好で黙々と掃除する彼女程の人形を作れる人形師は世界にも一握りしかいない。
「ノルン、終わったよ」
 聞き慣れない声に自分の名前を呼ばれたノルンは、掃除する手を止めて振り向く。開けてあった部屋の入り口に、自分の外見と同年齢位に見える執事の格好をした青年が立っていた。
 声は知らなくても、その青年がノルンと同じ対魔導師用機械人形であり、また誰なのかを知っている。ノルンは警戒心を抱かず、その青年に尋ねた。
「思ったより早かったわね、ビカム。新しい体の調子はいかが?」
「色々と違和感はあるけれど、調子自体は問題ない。快調だよ」
「それはよかったわ。お嬢様は?」
「部屋に戻られた」
「そう」
「掃除、まだ途中のようだね。僕も手伝うよ」
「ありがとう。助かるわ」
 ノルンは嬉しそうに笑顔を見せるビカムにお礼を言った後、再び部屋の掃除に戻った。ビカムも掃除道具を手に持ち、まだノルンが手を付けていない場所を鼻歌交じりで掃除をする。
「嬉しそうね」
「まあね。色々あってノルンには遅れを取ったけれど、ようやくノルンと同じ20歳の容姿になったし。中身はまだ追いついていけてないけれど、それでもお父様たちのような大人に一歩近づけた気がして嬉しいんだ」
「そう」
 嬉しそうに語るビカムにノルンは短い返事をして再び黙々と掃除を続けながら、彼が大人に近づけて喜ぶ理由に思いを馳せる。
 ノルン、ビカム、そしてもう一人、この屋敷で暮らすシャルを含めた三人の対魔導師用機械人形はノルン達がお嬢様と呼ぶ齢15歳にして一流の人形師――アルティーラ・フォン・アルンピニオンの両親によって作られた。
 当時、世間では高名な人形師達が姿を消す連続失踪事件が起きており、自分達も狙われる可能性を抱いたアルティーラの両親は娘の身を案じてノルン達を作り、娘を守る使命を与える。
 間も無くその予感は的中し、アルティーラの両親は姿を消した。それを嘆き、そして激昂したアルティーラの気持ちを汲み取ったノルン達は彼女と共に犯人探しを始める。
 そして彼女の幼馴染――ヴェルキーノの協力も得て、事件は一応の解決をしたものの、彼女が取り戻したかった両親は戻ってこなかった。
 それから暫くの間、アルティーラは塞ぎ込んでしまう。ノルン達はそんな彼女を励まそうとしたが、どうすればいいのか分からなかった。その中、ヴェルキーノが彼女を立ち直らせる。
 アルティーラが元気になったのはノルン達にとって喜ばしいことだった。何よりもそれが彼女達にとって優先すべきことだからだ。
 しかし、彼女達は自分達に与えられた使命を果たせていないと感じていた。お嬢様を守れていない、と。だから生まれて間も無く、経験の少ない彼女達は自らに足りていない経験を、力を欲した。
 自分達の生みの親であり、我が子のように大切にしてくれたお父様とお母様から与えられた使命を守る為に。何よりも大好きなお嬢様の為に。
 外敵からお嬢様を守るだけでなく、お嬢様の成長を、心を守りたい。例えるならば、家族のように。敬愛するお父様やお母様のような立派な大人になって。
 だから今、彼は彼自身が言ったように姿を少年型から青年型に変えてもらったことを喜んでいる。ノルンもまた少女型から今の姿に変えてもらった時、ビカムのようにお父様達のような大人へ近づいたように感じて喜んでいたことを思い出す。
「なぁ、ノルン」
 そんなノルンの思考をビカムの声が遮った。
「何?」
 ノルンは短い返事をして、手を止めずに動かしながら耳だけを傾ける。ビカムも手を動かしながら、話を続けた。
「ここ数日、お嬢様の元気がいつもより無いように感じるんだけど、やっぱり暫くの間ヴェルキーノ様と会っていないからかな?」
「そうね。あとはお仕事の疲れが溜まっているのでしょう」
「ああ、先日国王様から授かったお仕事か」
「お嬢様はお仕事に没頭して休むことを疎かにするところがある上に、今回はヴェルキーノ様が不在でそれを紛らわす為にいつも以上に取り組んでいるだろうから」
「ああ、確かに」
「休むように言っているけど、心配ね。掃除が終わったら、お茶を持って様子を見てくるわ」
「僕も行くよ」
「そう。ではまず掃除を終わらせましょう」
「了解」
 話がまとまると、二人は黙々と部屋の掃除を続ける。しばらくして部屋の掃除も終わり、掃除用具を片付けた二人はアルティーラの部屋を訪ねた。部屋の扉をノックし、アルティーラから入室の許可が下りた二人は部屋の中へと入る。
 中ではアルティーラが窓辺の椅子に座っていた。流れ込んでくる優しい風は彼女の白い頬を撫で、腰まである金髪を揺らす。そして彼女の青い双眸は目の前にある机に置かれた用紙の束を見ていた。
 ノルンは一言述べてから運び込んだ紅茶を机の脇に置く。アルティーラは端正な顔に魅力的な笑みを浮かべてノルンにお礼を言い、その香りを楽しんだ後、それを口にした。
「良い香りね。それに美味しい」
「何よりです。……お仕事ですか? 今日はビカムの調整もされていますし、休まれてはいかがでしょうか」
「ありがとう。でもね、休むとヴェルのことばかり考えて結局休んだ気にならないから仕事に集中していた方がいいのよ」
「そうですか。でも無理はなさらないでくださいね。疲れを感じたら、休まれてください」
「そうだよ、お嬢様。もしも体調を崩していたら、帰ってきたヴェルキーノ様が心配しちゃうよ」
「もう、二人は心配性ね。でも、ありがとう。気をつけるわ」
 アルティーラの笑みに、二人は笑みを返す。そして再び机の上に視線を向けたノルンがアルティーラに尋ねた。
「ところでお嬢様。そちらの用紙に描かれているのは、国王様から受けた依頼ですか?」
「そう、国王様から頼まれた人形の設計図。と言っても、まだまだ未完成だけど。依頼の内容があれなだけに、そう簡単には作れそうにもないわね」
「お嬢様がそう言うのだから、相当大変な依頼だね。見せて、お嬢様」
「私も拝見していいですか?」
 アルティーラは二人の言葉を聞き入れ、机に在った用紙の束を渡した。ビカムは礼を述べて受け取り、それに目を通す。ノルンはそれを横から覗き込んだ。
 その間、アルティーラはノルンが運び込んだ紅茶を飲みながら、外の景色を楽しむ。
 ノルンとビカムは黙々と読み続けていたが、その表情は次第に曇っていった。そして読み終えた二人は用紙から視線を上げて、アルティーラに尋ねる。
「お嬢様、これは一体?」
「ああ、やっぱり、そういう反応になるわよね」
「国王様は、これで一体何をする気なの?」
「極秘ですって」
「……極秘ですか」
「でも依頼を受けた以上ある程度の情報をもらっているから推測はつくのだけれど、あくまで推測だしね。それよりも私はこの子を完成させるのが楽しみだわ」
 アルティーラは手を差し出し、ビカムは礼を述べて用紙の束を返した。受け取ったアルティーラは、それを机の上に置く。
「ところで、ヴェルからの連絡はあった?」
「いえ、受けておりません」
「予定が変わったら連絡を寄越すと言っていたから、この感じだと予定通りに帰ってきそうね。楽しみだわ。そう、連絡と言えば、フェザーヘーグ家からユリアさんの結婚式招待状が届いていたわね」
「はい。お返事はどうされますか?」
「出席するわ。あとで返事を書くから届けてね」
「はい、かしこまりました」
「ユリアさんのウェディングドレス姿は、さぞ美しいでしょうね。拝見できるのが楽しみだわ。私もヴェルと素敵な結婚式を挙げたいわね」
「そう言えば、お嬢様はヴェルキーノ様に好きや愛しているとはよく言っているけど、結婚してとは言わないね」
「昔はよく言っていたわ。でも大人になったらヴェルの方から言ってくれると聞いてからは言わなくなったの」
「そうなんだ。お嬢様たちが結婚したら僕たちも嬉しいね、ノルン」
「ええ、そうね」
「あら、嬉しいことを言うわね。なら私はヴェルがプロポーズせずにはいられないような素敵な大人の女性になってみせるわ」
「素敵な大人かぁ。お嬢様は今でも十分素敵だけど、お嬢様の言う素敵な大人ってどんな人なの?」
「お父様やお母様よ。だから二人からもっと色々なことを学びたかったのだけれど……まぁ、それを言っても仕方が無いわね。もう叶わないのだから。今は自分の望むその姿を目標にして進んでいくわ。ところで貴方達はあるの? その素敵な大人像とやらは。今までお父様たちのやり方で調整をしてきたけど、新しい体になって私が自由に出来る部分が増えたわ。もしも私が出来る範囲の希望なら、取り入れていくわよ」
「素敵な大人像は、お嬢様と同じだよ。今後の希望かぁ。新しい体になったばかりだし、希望するとすれば今何が出来るのかをちゃんと把握した上でかな」
「私もお父様やお母様がその対象ですね。それから希望ですが現状はありません。今の方向性が自分に合っていると感じておりますので」
「そう。でも必要を感じたら言ってね。さて、と。二人のお陰で大分休めたし、そろそろ仕事に戻るとするわ」
「では、私たちは失礼します」
「お嬢様、無理しちゃ駄目だよ」
「ええ、分かっているわ」
 二人はアルティーラに頭を下げて、部屋を出る。それを見送ったアルティーラは、扉が閉じて二人の姿が見えなくなってもそちらをじっと見ていた。
 彼女にとって、ノルン達は両親が遺していった大切な家族だ。妹や弟のように思っている。それは初めてノルン達を紹介された時から変わらない。
 いや、両親を失ってからは、そう、両親を失ったからこそ残った家族のことをより一層大切に思っている。
 両親を失った悲しみの中にいたアルティーラを救ったのはヴェルキーノ、そしてノルン達だ。ノルン達は、自分達は全く役に立てなかったと思っているが、そんなことはない。
 自分の為に尽くしてくれた彼女達の姿がアルティーラの心をどれ程救ってくれたのか計り知れないものがある。その感謝をアルティーラは忘れていない。
 これからもそんな彼女達と一緒に、同じ時間を歩んでいきたい。共に成長していきたい。そう思っている。
 そう、これからもずっと。
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