『その無人島で話す彼とその話に付き合う僕』

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「……この朝日が初日の出なのかな」
 僕は目の前に昇る朝日を眺めながら、ボツリと呟いた。
「た、たぶんな」
 そんな僕に彼は慌てて相槌をうった。
「そ、それよりさ。せっかく南の島に来ているんだし、泳ごうぜ!」
 彼は上着を脱ぎ、トランクス一丁になって、僕を誘う。
「せっかく? どこに来ているって?」
 そんな彼を下から見上げると、僕の視線を外し、彼はあさってのほうを見て答える。
「あ、いや、その……無人島?」
 彼は頭をかきながら、乾いた笑い声をあげた。
「無人島? じゃなくって、無人島だろうが!」
 僕は大声で彼にツッコミをいれた。
「俺たち2人がいるんだし、無人島じゃない、よ?」
「いやいやいやいやいや。除こうよ、僕たちは!」
 中学1年の冬。
 僕と彼の家族は冬休みを暖かい南の島で過ごすため、海外旅行に来た。
 そして、僕たちはクルーズ船に乗り、クルージングを楽しんでいた。
 そんな時だ。
「なあ」
 僕は海を眺めていると、横にいた彼が僕の肩を叩いた。
「ん、何?」
 振り返ると彼は人差し指を伸ばし、目の前にあるボタンを押そうとしていた。
「おいおい。押さないでくださいって書いてあるだろ。やめなよ」
 僕は口で制止したが、彼はやめようとしない。
「押すなと書かれていたら、押したくなるようになっているんだよ」
 と、彼は言い、ボタンを押した。
 すると、急に床が抜けて僕と彼は落ちた。
 その記憶を最後に意識が絶たれ、気がつくとこの島で目が覚めた、というわけだ。
「にしてもだ。なんで床が抜けるんだよ、床が。コントかよ」
 彼はあのボタンに文句を言っているが、
「誰かが押さなければ、そんなことも起きなかったのにな」
 と、僕は彼に冷ややかな視線を送った。
「まあ、その、……なんだよ、俺が悪いのかよ!」
 なんだよ、逆ギレかよ。
「それにだよ。ほら、向こうに島が見えるだろ? なんか海岸近くに建物が見えるだろう。きっとこの近くを船が通るはずさ。だから、そんな気を張るなよ」
 たしかに向こうの島には人が住んでいそうな感じがする。
 それに僕らがいなくなったことに親たちも気がついて探してくれていると思う。
「うん、まあ、そうだな」
「だからさ、もっと今を楽しもうぜ!」
 楽観視はできないけどな。
「なんでそんなにネガティヴなんだよー」
「……僕はフィンランド出身じゃないぞ」
「そのネガティヴじゃねえよ! 誰もお前の歌なんか聞きたくねえってば。もっとポジティヴに行こうぜ、ポジティヴに!」
 彼のそのポジティヴな精神はどこから来るんだろうな。
 まあ、1人じゃないのが不幸中の幸いと思うか。
 ……でも、僕の歌はそんなにも聞きたくないんだろうか?
 それから僕と彼はこの島での生活をするために準備を始めることにした。
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