『彼女の恋』

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 朝。
 私こと白河ゆかりは眠たい目を擦りながら玄関を出た。
 すでに顔を出している太陽の光をまぶしく感じる。
「眠い。眠いわ。そして、太陽さん。あなた朝だというのに元気が良すぎよ。もう少しスロースターターでいることをお勧めするわ。それにしても、あまり夜更かしをするものじゃないわね。でも、まあだからといって昨日のことを考えても仕方がないわ。今よ、今を生きるのよ、私」
 そう自分に言い聞かせていると、コタローがこっちへ歩いてくるのが視界に入った。
「コッタロー!」
 私はコタローの名を呼びながらコタローへと飛びついた。
 そんな私をコタローは受け止め、
「おはよう、ゆかりちゃん」
 いつもの優しい笑顔を私に向けて、微笑んでくれた。
 そう、その笑顔よ。
 私の心はこの笑顔にやられてしまったのね。
 ああっ、好き。大好きだよ、コタロー。
 でも、いくらその想いをコタローへ向けても届いてくれない。
 それもこれもコタローの心を弄ぶ青葉先輩とか言う女のせいよ!
 でも、安心してコタロー。その女の魔の手から私が絶対に救い出してみせるわ。


「――というわけで、作戦会議です」
 お昼休み。
 私は友達の滝沢亜美ちゃんと織田加奈ちゃんの3人でお弁当を食べている。
「ふふふっ、まさか2人のお兄ちゃんがコタローと同じクラスだとは思わなかったわ」
 そんな私を見て加奈ちゃんに顔が怖いと言われ泣かれそうになった。
 いけないわ、ゆかり。笑顔よ、笑顔。それにしても、そんな泣かれそうになるほど怖い顔ってどうなの?
「で、2人のお兄ちゃんはコタローの好きなタイプはどんな子って言っていたの?」
「「青葉先輩」」
 見事にハモった答えを聞いて、ちっ、と思わず舌を鳴らしてしまった。
 また加奈ちゃんが泣きそうになっているわ。落ち着いて、ゆかり。深呼吸、深呼吸。
「すぅーはーすぅーはー。……よし。青葉先輩とやらのことはいいわ。あの女より私のほうがコタローとの付き合いが長いのよ。それなのに後から出てきたあの女にコタローを取られてたまるものですか!」
 机を叩き、叫ぶ私を見て三度加奈ちゃんが泣きそうになっている。深呼吸よ、深呼吸。
「ふぅ。じゃあ、2人のお兄ちゃんはどんな子がタイプなの? 少しは参考になるかもしれないから聞かせて」
 私が訪ねると、
「じゃあ、私のお兄ちゃんのタイプを言うわ」
 亜美ちゃんがそう言い、昨日聞いたお兄ちゃんのタイプを話し出した。
「お兄ちゃんにどんな子がタイプなのって聞いたらね、こう答えたの。『お兄ちゃんのタイプか? それはメイドでツンデレだ! メイドなのにツンデレ! ツンデレなのにメイド! この矛盾した2つの要素が混ざったモノこそ今、現時点でのお兄ちゃんのタイプなのだ!』って言っていたわ」
 亜美ちゃんはお兄ちゃんの口調に似せてしゃべってくれた。
 すごく似ていたけど、私は亜美ちゃんにはそんな風にならないでほしいわ、と言い、亜美ちゃんは大丈夫よ、似るほうが難しいわ、と答え、それもそうね、と3人で笑った。
「話を本題に戻すけど、ツン、デレ? 何それ?」
 私が亜美ちゃんに首を傾げながら訪ねた。
 亜美ちゃんはお兄ちゃんが言ったことを思い出しながら説明してくれた。
「えっと、たしか普段はツンツンしていて、2人きりの時は急にしおらしくなってデレデレといちゃつくようなタイプのキャラクターの事をさして言うそうよ」
「キャラクター? ……まあ、あのお兄ちゃんだもんね。女の子を二次元に求めているわけね」
 私は亜美ちゃんのお兄ちゃんを再び思い浮かべ、
「亜美ちゃんもそんなお兄ちゃんを持って気の毒ね」
 つい同情するように言うと、まあね、と亜美ちゃんはため息を吐いて頷いた。
「じゃあ、今度は加奈ちゃんのお兄ちゃんのタイプを聞かせて」
「私のお兄ちゃんは好きになった人がタイプって言っていたよ」
「……なるほど。でも、私的にはその好きになるのはどんな人か知りたかったわけだけど、まあ、いいわ。それよりも私は、亜美ちゃんと加奈ちゃんのお兄ちゃんが友達だということが不思議で仕方がないわ」
 めがねに小太り、中背で二次元大好きなはっきりいってモテそうにない亜美ちゃんのお兄ちゃんに対し、短髪、長身に引き締まった体で顔もかっこいいモテそうな加奈ちゃんのお兄ちゃん。どこをどう結べば、繋がるのかしら。類は友を呼ぶという言葉を聞いたことあるけど、まさか可奈ちゃんのお兄ちゃんも二次元が大好きな人? 亜美ちゃんのお兄ちゃんみたいに人形遊びとかしちゃう人?
「そんなことないもん!」
 私の考えがわかったのか、それともつい考えていることが口から漏れていたのかわからないけど、加奈ちゃんは机を強く叩き立ち上がった。目には涙が浮かんでいる。まずいわ。
「ごめんね、加奈ちゃん。そうだよね、可奈ちゃんの大好きなお兄ちゃんがそんなはずないもんね」
 なんとか加奈ちゃんの怒りと涙を鎮め、今日の作戦会議は終了した。


 夕方。
 玄関のポストへ新聞を取りにいくと、ちょうど家の前をコタローが通り過ぎるところだった。
「コタロー、おかえり!」
 私は今朝と同じようにコタローへ飛びついた。
「うん、ただいま」
 ああっ素敵よ、コタロー。あなたの笑顔が今日の私の疲れを一気に吹き飛ばしてくれるわ。もうだめ、大好き。大好きすぎだわ、コタロー!
「あら、可愛い彼女さんね」
 そう言ってクスッと笑う声がコタローの横から聞こえた。
 コタローは抱きついた私と慌てて離れると、その女、青葉先輩に、
「そんな、からかわないでくださいよ、青葉先輩」
 と、慌てて答えるコタロー。くっ、そんなコタローも可愛らしいけど、何この女。コタローを弄んじゃって。ちょっとスタイルが良くて、顔がいいからって調子に乗っているんじゃないわよ。女は外見じゃないわ。心よ、心!
 私が青葉先輩とやらを睨んでいると、私の視線に気づいたのかその女は私に手を振り、そして、コタローに手を振って逃げるように去っていった。
 ふふふっ、私の視線に恐れをなしたのね。たいしたことないわ。さあ、コタロー目を覚ましなさい。コタローに相応しいのはあの女じゃなくて私よ。
「ああっ青葉先輩、素敵だな」
 それを聞いて、思わず反射的にコタローに蹴りを入れた。
「どうしたの、ゆかりちゃん?」
 あまりダメージを喰わなかったのか、特に怒った様子を見せずに私へ訪ねてきた。
「コタロー、目を覚まして! コタローはあの女に騙されているのよ! あんなおばさんより若くて可愛い私のほうがいいに決まっているわ! さあ、目を覚まして!」
「目を覚ましてって言われても……」
 コタローは、困ったな、という顔をして頭をかいている。
「どうしてなの、コタロー! 私がこんなに好きなのになんでだめなの? 何度も想いを伝えているのに全然相手にしてくれないの! コタローは私のこと好きじゃないの?」
「好きだよ」
 はうっ。そんな即答されるとは思ってもいなかったわ。
「な、なら、なんで私と付き合ってくれないの? 一緒に遊んだり、一緒に寝たり、一緒にお風呂に入ったりしたじゃない! 今までのは遊びだったのね! 私の乙女心を弄んだのね!」
「そう言われても……」
「言葉に困らないでよ! せめて理由を言ってよ! 理由を!」
「うーん、強いて言うなら年の差かな?」
 年の差? そんな、そんな理由なの?
「そんな、愛に年の差なんて関係ないわ! 私は世間からどんな目で見られても、非難をされてもいい! 私はあなたと一緒にいたいの! 真剣に考えてよ!」
 私の言葉にコタローはまた頭をかきながら困った顔をする。そんな困った顔をしないでよ、コタロー。
「ごめんね。でも、さすがに幼稚園児とは付き合えないよ。僕はもうすぐ高校生だし、ゆかりちゃんも小学生になるとはいえ、やっぱり、ねえ。でも、また1人でお留守番する時になったら、うちにおいで。それじゃあね」
 そう言うとコタローは私に手を振り、そのまま歩いて帰っていった。
 ああっ、なんてことかしら。私が幼稚園児だから? もうすぐ小学生よ、もう大人になるのよ? なのに何がいけないのかしら? わたしには何が悪いのかさっぱりだわ。


 翌日のお昼休み。
「――ってなわけよ。コタローがここまで分からず屋さんだとは思わなかったわ」
 と、昨日の夕方の出来事を亜美ちゃんと加奈ちゃんに話した。
「でも、しょうがないわよ。幼稚園児と中学生だもん。想像しただけで……、犯罪だわ」
 亜美ちゃんはどんなことを想像したのかわからないけど、気持ち悪そうな顔をした。一体どんなことを想像したというのかしら?
「でも、私は負けないわ。きっと愛がまだ足りないのよ! もっともっと愛を持ってコタローに接するわ!」
 そうよ、負けないわ。きっとコタローも私の愛に答えてくれるはずよ。
「頑張れ、私! 打倒あの女、青葉先輩よ!」
 燃えている私の横でまた私の顔を見て、加奈ちゃんが泣きそうになるのをなだめ、今日の作戦会議は終わった。
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