『魔法少女はじめました。』

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 よく晴れた9月の上旬。
 新学期が始まったものの休みでできた生活リズムを変えられず、もうそろそろ起床しないと遅刻してしまうと言うのにまだベッドの中を出られない者がいた。
「……あと、1時間と30分待って……」
 そんなふざけた事を言う彼の名前は東條ヒカル。王都学園高等部に通う高校1年生だ。
 両親が現在旅行中のため、1人暮らしという自由気ままな生活を楽しんでいる。
「……まあ、アレだ。旅行に出たっきり音信不通だがな……」
 まあ、なんだ。便りがないのは問題がないということだよ。気にするな。
 ああっ、そういえば、オレの紹介をしていなかった。ヒカルなんぞよりまずオレの紹介をするべきだったな。うっかり、うっかり。
「……ヒカルなんぞとはなんだ、ヒカルなんぞとは……」
 オレの名前は……そうだな、ジブンとでも呼んでくれ。本来オレはほとんどの者には気づかれないはずなのだが、ここで今、遅刻しそうだというのに一切の焦りを感じずに布団の温もりを気持ちよく感じているヒカルなんぞに存在を気づかれてしまった。
「……またなんぞって……」
 気づかれた時にはそいつの側にしばらくの間厄介になろうという自分ルールを決めていたオレは仕方がないがヒカルの側にいることにした。ああっ、どうせならば小学3年生相当の美少女がよかったってのに、なぜこんなヤツに気づかれるかな、オレってヤツは。
「……なら今からでも遅くない。さっさと出て行ってくれ……」
 オレは自分ルールを変更しないと決めているんだ。もしも変えてみろ、それはオレが自分自身に嘘をついたことになる。それだけは嫌なんだよ。
「……そっか。出て行ってくれ……」
 うむ、物分りの早いヤツで助かる。なあ、それだけ話せるならいい加減起きたらどうだ?
「……オマエ、オレの言葉ちゃんと聞いていたか? まあ、今さら言っても仕方がないってことか。ああっ、それと悪いが、睡魔という名の可愛い子ちゃんがオレをベッドから離してくれないのさ。モテるってのもつらいぜ……」
 ……言っていて悲しくないか? ちなみにオレはそんなオマエが好きだけどな。
「……ジブンなんぞに告られても嬉しくないんだがな……」
 そんな冗談も言い合いながら時間は刻一刻と過ぎ去り、あと数分以内に出かける準備をしないとヒカルは遅刻決定となってしまうのだ。ああっ、時というのは止まることなく駆け抜けていく。彼らは命尽きるまで走り続けていくのだろうか? 時はあれかな? マグロと一緒で動いていないと死んじゃうのかな? なあ、どう思う?
「すぅー」
 二度寝かよ!? おい、いいのか? ……仕方がない。
 オレはベッドで寝ているヒカルを制服に着替えさせた。まさかオレが男の服を脱がすことになるなんて思ってもみなかったぜ。そして、着替えさせたヒカルを学園へと連れて行った。向かっている最中、親切な通行人たちが道をあけてくれたおかげでなんとか間に合うことができた。しかし、アレだな。なぜみんな近寄ったらまずいみたいな顔をしていたんだろうな? 世の中謎だらけだ。まあ、間に合ったからよしとするか。
「すぅー」
 まだ寝ているけどな。


「コタローくんのバカ!」
「ええっ、なんでえるぐぼるぶるぐっほ!?」
 今日も隣のクラスは楽しそうだな、ヒカル。オマエの友人が教室内を回転しながら舞っている姿が頭をよぎったぞ。しかし、隣のクラスは基本的には真面目に授業を取り組む感じだから、授業中にこんな声が聞こえてくるとは珍しいな。隣のクラスって何の授業中なんだろうな?
「……」
 おい、無視かよ。寂しいぞ、オレは。オマエがしゃべってくれないとオレの存在が否定されているみたいだろうが。そんなんだと、オレは現在の描写について説明するだけしかできないだろう。ジブン、寂しいであります。
「……」
 ……なあ、しゃべろうよー。ヒマだよー。構ってよー。ウサギは寂しいと死んじゃうんだぞ。あっ、でもオレはウサギじゃないけどな。信じちゃ駄目なんだぞ?
「ああっ、もううるさい! 黙れ、集中できないだろうが!」
 ヒカルの叫び声は波打つ波紋のごとく響き渡り、教室は静まり返った。クラスメイトは皆、叫んだヒカルへと視線を向ける。
「どうしたんだ、東條……? 突然叫んで?」
 教壇に立つ教師も眼を丸くしてヒカルへ尋ねた。
「すみません……」
 ヒカルは教師に謝り、視線を机へと落とす。その表情からは穴があったら入りたい、もとい、穴がなくても自ら掘って入りたいことが読み取れた。
「ならいいけど、授業中は静かに」
「はい、すみません」
 授業は再開されて進んでいく。
 全く授業中に叫び声を出すとは困った奴だな。真面目に受けているヒトに迷惑だろ。
 そんなオレの言葉に何か言ってやりたい様子でぷるぷると震えているのが分かる。
 ……うん、きっとアレだな。朝、オレの告白に対する返事に違いない。「オレもジブンのこと、好きなんだ……」なんて照れながら言うヒカルの顔が浮かんで見える。そして、それを丁寧に断るオレの姿もな。おっ、シャーペンが真っ二つに。きっと、バレて恥ずかしくなったヒカルは「ち、違うよ、そんなわけないだろ」みたいなことを言いたいのだろう。テレなさんなって。
「そんなわけないだろうが! ……っと、すみません! なんか電波をキャッチしてしまいまして! きっと体調が悪いんです! ほら、なんだか腹痛と腹痛が合体して偏頭痛になった感じが体全体に伝わるんです! って、偏頭痛になるかぁ! はい、自分で言っていてもおかしいとは思うんです! だからこそ保健室に直行せねば! あっ、大丈夫です、黙らせてきますから! こんな偏頭痛に負けてなるものか! この、この、この! 頑張れ、オレ! というわけで、保健室に行ってきます!」
 叫んだことに気まずさを覚えたヒカルはごまかそうとして、さらに危ないヒトに見えるような、というか、見えるだろう発言を残して教室を出た後、しばらく教室はざわついたそうですよ?
「『そうですよ?』じゃない! 『そうですよ?』じゃ!」
 テヘ。そんなこんなで教室を出ていたヒカルは教師に見つかると気まずいので保健室には向かわず、休み時間になるまで屋上へと行くのであった。なぜ保健室に向かわないのかというと、別に体調が悪いわけでもないので、本当に体調の悪いヒトがいた場合、そのヒトからベッドを取るわけにはいかないということからだった。その心がけはいいことだ。
 屋上到着後、晴れた空を見上げながらヒカルとオレは談笑をしていた。と、言っても外から見れば、オレが一方的にからかっていたように見えなくもないことを反省しよう。
 ……ん?
「ん、どうした? ……いや、どうもしなくていい。あっ、チャイムだ。そろそろ教室に戻ろう。うん、そうだな、そうしよう」
 感じる! 感じるぞ、ヒカル! 近くに魔物が現れたようだ!
「ああっ、やっぱりそうきたか!」
 何の前置きもなかったので説明するが、オレは魔物と戦う妖精だったのだ!
 驚いたか? わかる、それはオレも同じだ。たった今、思いつたように勢いで追加したような設定だからな。しかし、それも仕方があるまい。まだ舞台は完成していないのだからな。舞台が完成するまでは今後の流れ次第で話も変わってくる。もしかしたら、オレも妖精ではなくなっているかもしれない。
 それはさておき、前のマスターと別れてから、しばらくの間1人で戦ってきたらしいパーフェクト妖精なオレにだって、限界がある。あっ、話を進める前に言っておく。自分自身の限界をそうやすやすと決めるな。限界だと思っていたさらに上にまだ君自身の可能性があるはずだ。だから、負けるな。頑張れ。安易に応援するのはどうかと思うが、今のオレにはそのぐらいしかできない。すまん。それはさておき、オレの言う限界とはオレの役割としての限界だ。オレが干渉できる範囲は限られている。そういった意味での限界だぞ。だからこそヒトとヒトは助け合い――中略――ということだな、うん。長々と話してすまなかった。その話を聞き飽きているヒカルなんぞは蝶を「ちょっと、待ってよー」などと微笑みながら追いかけている。そんな姿が幼少期のヒカルとダブるな。まあ、見たことないけど。そんなこんなで出会った新しい……まあ、一応マスターってことにしてあるヒカルの力を借りて魔物と戦っているのだそうだ。すまん、オレにも今はこれぐらいしかわからないらしい。
「嫌だ! もうあんな姿はごめんだからな!」
 そう言って、屋上を去ろうとするヒカルだが、拒否は認められない。なぜならば、ヒカルはこの舞台へと踏み入れた役者の1人なのだ。途中で降りることはできない。降りることができるとすれば、幕が下りたときだ。さあ、オマエが男であろうがなかろうが魔法少女に変態だ!
「変態って言うな! ああっ、オレの青春の1ページにこんな思い出ができるとは誰が予想したことか……」
 観念したヒカルはお決まりの変身の台詞、お決まりの変身シーンを終えて、魔法少女ヒカルとなった。そうだ、変身シーンの台詞などは君が君自身で想像してくれ。ヒトによって、魔法少女のイメージは異なるかもしれないからな。決して、台詞を考えるのがちょっと恥ずかしかったとか毎回同じだから説明するのが面倒などと言う理由ではないぞ。むっ、これでは言い訳にしか聞こえないか? まあ、いい。それならばそれで構わない。ちなみにヒカルは男だが、見る者へ不快な思いをさせない配慮としてヒカルの姿は小学3年生相当の美少女に見えるようになっている。なんとも親切心溢れるオレなのだろうか。べ、別にオレが小学3年生相当の美少女好きだからじゃないんだからね、とか言ってみたりする。いかがだろうか?
「ああっ、こんな姿を誰かに見られたら――」
 その言葉を遮るように屋上の扉がけたたましい爆音と共に吹き飛んだ。そして、現れたのは本日の魔物だったりする。
 世界大異変以降、この世界では様々な現象が起きてきた。特殊な能力通称『ギフト』を持つ者が現れたり、魔物が現れたり、他いろいろと。
 現れた魔物は負の感情より生まれた存在だ。ヒトが多く集まる場所にはそういった感情が自然と集まるものなのだ。そして、今回の魔物は「夏休みの宿題を夏休み最後の日を使い、頑張ってやったが結局終わらず、ああっあと1日、あと1日あれば終わったのにぃいい!」というごく一部の生徒より集められた悲痛な叫びが形を成して生まれた魔物だ。闘いの前に言っておこう。宿題は早めに終わらせることを勧める。
 魔物の眼鏡をかけた眼がヒカルを捉える。そして、手にしていた1メートルはあるだろう鉛筆のように見えるものを槍投げの如く放った。高速で飛んでくる鉛筆をヒカルは右に避け、反撃だといわんばかりの突撃をみせた。魔法少女なのに。
「ひっさぁああああつ! 竜虎円舞双牙!」
 そして、魔法少女らしく手にしていたマジカルステッキで魔法少女らしからぬ必殺技名を叫びながら、魔法など一切なしの下から上へとステッキを斬り上げ、空中を舞った魔物のさらに上へと飛び上がり、頭上から斬り下ろす一撃を魔物へと与えた。
「ぐぎゃぁああああっ!」
 断末魔の叫びを屋上に響かせながら、魔物は霧散し、消えていった。
 ……ヒカル、カッコよくマジカルステッキに付いた血を払うような動作をしたりして少し満足気にしているところ悪いが、一言いいか?
「ん、なんだ?」
 オマエ、魔法少女だろ!? なんで魔法を使わず斬り捨てているんだよ! それじゃあ、魔法少女じゃないジャン!
「だったら魔法の呪文を変えてくれ! それに魔法を使う時のポーズもだ! もう、恥ずかしくってできるかっ! さあ、倒したんだから元の姿に戻してくれ! はーやーく、はーやーく!」
 ヒカルの早く戻せコールを聞きながら、オレは思った。オレがちゃんと魔法少女として教育せねばだめだな、と。そんなことを思いながら、急かすヒカルがうるさいので元の姿へと戻した。
「ふぅ、もど……った」
 硬直した視線の先、屋上の入口でヒカルと同じく硬直していた少年がいた。
「こ、コタロー……」
「その、天気がいいね」
 どうリアクションを取ったらいいか困っているヒカルの友人、草薙小太郎はとりあえず笑っていた。
「そ、そうだな。天気、いいな」
 とりあえず空を見上げる2人を見ながら、この後の展開を楽しく思いつつ、実はオレ、美少女だったのだということをここに告げておこう。
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