『救出のバーチャルスペース リライト』
月明かりのみが差す学園の廊下。
そこを少女が1人、駆けていた。他に生徒の姿はなく、駆ける少女の足音だけが廊下に響き渡る。
それが少女の恐怖心を助長させていく。少女の肩は大きく上下し、息がだんだん荒くなっていった。
けれど、それは肉体が悲鳴をあげているわけではない。ここには肉体的疲労は存在せず、あるのは精神的疲労のみ。
つまり、少女の心が疲れてきていることを表している。
それでも少女は走り続けた。この電子空間内に囚われている友達を助けるために。
「でも、どこにいるの?」
友達の姿が見つからないまま、時間のみが過ぎていく。
それが少女に焦りを与える。
「誰かいる?」
近くの教室の扉を開け、少女は懇願に近い声で尋ねた。
けれど教室内からの返事はない。
そして扉を閉めることなく、次の教室、次の教室と覗き込んだ。
だけど、囚われている友達の姿は見つからない。
「どうしよう、時間が、時間が!」
今、どれだけの時間が経過したのだろうか。
この世界に不慣れな少女は時間の感覚が曖昧で解らない。
そして、それがさらに少女の焦りを助長させる。
――もういいかい?
――まぁだかな?
「ひぃ!?」
背後から突然聞こえた少年と少女の声に驚き、少女は短い悲鳴をあげた。
そして、その声達から逃げるように走り出した。
「まだ見つけないでね。こっちが見つけるまで!」
少女は少年達に聞こえないよう小さな声で願う言葉を送り、さらに急ぐ。
時間切れになる前に。
捕まる前に。
けれど。
――はい、捕まえた。
――お姉ちゃんの負けだよ。
ゲームオーバー。
少女も囚われの身となった。
「……」
翠川佳奈はパソコンデスクに左肘をつき、掌の上にあごを乗せ、パソコンの画面を見つめていた。
その画面には一件のメールが開かれ、眼はそこに書かれた文章を追っている。
「なるほど。このメールで間違いないようね」
オンラインゲーム『ハンシーク』への招待状。
それが佳奈と同じ高等部へ通う友達二人に送られてきたメールの内容だ。
その友達二人は今朝から意識不明で入院している。
友達の家族から聞いた話によると。
朝、母親が起こしに行くと友達はパソコンの前で倒れていたそうだ。
声をかけても返事はなく、病院へ運ばれたが原因は不明。しばらく病院で検査を続けながら様子を見ることに。
それを聞いた佳奈は『ハンシーク』に原因があると考えた。
過去に佳奈が関わったギフトフェナメナンに似た事例があったからだ。
世界大異変以降、この世界には『ギフト』という不思議な能力を持った者が生まれるようになった。
その力は世界大異変以前の常識を超えたもの。
そしてギフトによって起きた事象を『ギフトフェナメナン』と呼ぶ。
今回同様、被害者には何かしらのメールが送られてきた。
そのメールを受け取った者は体が操られたように自然とメールに貼られたアドレスをクリックする。
それがスイッチとなり、ギフトが発動してクリックした者の心だけが電子空間内に取り込まれてしまう。
目的は十人十色、そのメール作成者によって異なる。取り込み先も様々で、その中にはオンラインゲームもあった。
抜け出すにはゲームをクリアしなければならないという条件があり、その間肉体は睡眠状態に。
今回聞いた話とその事例を比較すると似た条件がいくつも揃っている。
佳奈は友達の家族からそのメールを送信してもらって調べていたわけだが。
「確かに力を感じる」
間違いないようだった。
「クリックすれば心だけが電子空間。つまりネットの中へ飛ばされる、か」
ネットダイヴ。佳奈にとって心だけを電子空間へ飛ばすという行為は然程難しくない。
それは佳奈が持つギフトの力でもあったからだ。
「だけど、なぁ……」
そう。同系統の力でも細かな分類もある。
そして力の差も。
佳奈は自分が電子空間に入ることはできても、他人を電子空間に入れることやクリックを誘うような誘導力はない。
それに今回の『ギフトフェナメナン』を起こしている相手が一人ではない可能性もある。
複数人が協力をして行う複合能力による場合等も考えられるからだ。
それを相手に佳奈一人で太刀打ちできるとは言い切れない。
だから、ここは危険を冒さずに引くべきなのだろう。
だけど佳奈は引かず、クリックをした。
『ハンシーク』へ繋がる扉を。
結局、頭で解っていても心が認めなかったようだ。
目の前に友を助けるための道があるのに。
助けられるかもしれない力があるのに。
引き下がるわけにはいかないと。
暗転。
眼を開けると、暗い、でも、月明かりが差す廊下に立っていた。体の感じから、肉体を切り離してここに立っていることがわかる。
そして、もう一つ。ここが佳奈の通う王都学園の廊下であることも。
「うん、間違いないよね。確かに初等部エリアの廊下だ」
見てすぐに相当凝られて作られているのが解った。しゃがんだり回ったりしても視界に違和感を覚えない。
そして窓から差す月明かりで出来る影も同様に。
そう、とても自然。ここまで精密に作製できるのは内部を知っていないと出来ない。
さらに強力な『ギフト』を有する『ギフトホルダー』でなければ。
「でも、絶対に助け出すから」
誓いの言葉を発しながら力を使ってゲームの地図を引き寄せた。
「ゲームは初等部エリアのみのようね。よし、まずは索敵を」
展開する地図に触れ、空間内情報を調べ始める。
が。相手は、その時間を与えてくれないようだ。
「お姉ちゃん、誰?」
「誰?」
背後から少年と少女の声が耳に届く。振り向くと、そこには初等部の制服を着た少年と少女が立っていた。
佳奈はすぐさま距離をとり、警戒態勢に入る。辺りは真紅に染まり、佳奈の進入を警告しているようだった。
「このお姉ちゃんは招待したっけ?」
「ううん。してないよ」
二人はあどけない顔を佳奈に向けて招待の有無を確認した。
「じゃあ、勝手に入ってきたんだ。悪いお姉ちゃんだね」
「そうだね。悪いお姉ちゃんだ」
しかし招待していないことを確認すると、その顔には敵意が浮かび上がる。
「じゃあ、捕まえなきゃ」
「うん、捕まえよう」
二人は対応が決まると互いに合図せず、息の合った動きで佳奈に襲い掛かった。
しかし、二人の伸ばした手は空を掴む。
代わりに斬撃を身に受け取り、そのまま消滅した。
佳奈は握り拳から人差し指と中指だけをピンと伸ばして剣の形に構えた手を剣に付いた血を払うように振る。
そしてその剣の形を、ギフトを解く。斬った二人は電子空間に入り込んだ人固有の気配がなかった。
ここは王都学園初等部を舞台にしている。
だからオンラインゲームの登場人物も王都学園の小学生なのだろう。
「まぁ、でも関係ないよね。それよりも見つかっちゃったことの方が痛いな」
留まっていたら他にもやってくるだろう。
そう考えた佳奈は再度地図を展開しながら、移動を始めた。
「待っていてね、二人とも!」
「もう、なんて数なのよ!」
言葉と共に三連撃を放って、三体を消滅させた。
先に進んだ佳奈を待っていたのは何体いるか解らない程の登場人物。
「捕まえなきゃ」
「捕まえなきゃ」
少年少女たちは敵意を向けて佳奈に襲い掛かる。
だけど、捕まるわけにはいかない。ミイラ取りがミイラになってたまるものか、と剣の形から親指も立てて銃の形に変更。
さらにもう片方の手も銃の形にして連射を続けた。
「ああっ、でもなんだろう。罪悪感が……」
相手は愛くるしい小学生の姿をしている。それを撃ち抜いていくのはなんだか気が引けた。
「でも、そんな場合じゃないわよね!」
気合を入れ直し、襲い掛かってくる少年達に連射撃。佳奈の攻撃で相手は簡単に消えていく。
「なのに、なんでいなくならないのよ!」
質より量で襲い掛かってくる少年達は一向に減らない。それが佳奈の疲労を一層高めていった。
だからだろう、つい愚痴を言ってしまうのは。
「!?」
後ろに気配を感じ、ここが廊下の端であることに気がつく。
最初は押していたが、迫りくる少年達の圧迫感、それが佳奈を知らぬうちに壁際へと押しやっていた。
「絶体絶命ね」
口では窮地であることを発したが、瞳に、行動に、諦めはなかった。
眼前の脅威に向かい、勇気を形にし、撃ち続ける。
意識の戻らぬ友達を助けるために。
一体、二体、三体。勢いに乗り、消していく。
しかし、それも限界。押す力は押し返す力を超え、佳奈の構えた手を少年が力強く握った。
「しまっ――」
「その時だ! 正義を身に宿すヒーローが現れたのは!」
目の前を一筋の光が走り、佳奈の手を握った少年は掻き消えた。
何が起こったのか理解が追いつかない佳奈の眼前。
突然現れた白い影は高らかに声を発した。
「純真無垢な白タイツ! 情熱の赤マフラー! ミラージュ仮面、美少女ピンチにただいま爆参!」
どこからともなく聞こえるBGMをバックにミラージュ仮面は口上を述べてポーズを決める。
ミラージュ仮面の力なのか、少年達は動きを止めてミラージュ仮面に釘付けとなっていた。
けれど、それもポーズをやめるまで。
体の自由が利くようになった少年達はすぐさま二人に襲い掛かった。
佳奈は撃退しようと手を銃の形に構えたが、ミラージュ仮面がそれを制止する。
「ここはオレ様に任せたまえ」
そして一言佳奈に告げると襲い掛かる少年達の前に立った。
「冥土の土産を送ろう。少年少女よ、これが正義の力だ」
まさに電光一閃。
閃光が走る度に少年達が一気に消滅していく。
全身ピチピチの白タイツを着た小太りなミラージュ仮面は赤マフラーをなびかせて戦う。
その身なりは異様なはずなのに、佳奈は緊迫状態にいる為かそれが然程気にならなかった。
それよりも気圧されるのは、ミラージュ仮面が放つ威圧感と圧倒的なまでの強さ。
戦闘はあっという間に終わり、廊下にいるのはミラージュ仮面と佳奈だけとなった。
「少年少女よ、良い土産となっただろうか」
ミラージュ仮面は窓の外に浮かぶ月を見上げて消滅させた登場人物に思いを馳せている。
「さて」
それも区切りがついたのか、ミラージュ仮面は佳奈のほうに体を向けた。
「大丈夫だったか?」
「はい、大丈夫です。危ないところを助けていただいてありがとうございました」
心から感謝した想いを形で表すように深々と一礼。
「礼には及ばないが、その感謝と笑顔はありがたく受け取らせていただこう」
その言葉を受けて顔を上げた佳奈は仮面の奥で笑みを浮かべる双眸と視線が交わった時、ふと親近感を抱く。
どこかであったことがあると。
先程までは戦闘中の緊張があり、またほとんど背中しか見ていなかったから解らなかったが。
「……ミラージュ仮面さん」
「なんだね」
「不躾ですみません。どこかであったことがありますか?」
その抱いた感想をそのまま言葉に、ミラージュ仮面へ送る。
「いや、初対面だ」
けれど返ってきた答えは否定だった。
「そう、ですか」
その言葉を受けると佳奈の中にあった疑問は姿を消し始める。
まるでミラージュ仮面の言葉に従うように。
「それよりも」
そして話が変わることによって、それは完全に姿を消した。
「君は何故ここに?」
ミラージュ仮面の言葉に佳奈はこれまでの経緯を話した。
友達を助けに来たことを。
「なるほど。では君は事情を知らないまま、ここへ来たわけか」
「それはどういうことですか?」
「今回の事件はギフトフォールによるものなのだよ」
「ギフトフォール? じゃあ、誰かのギフトが暴走して今回のことが?」
「そうだ」
オンラインゲーム『ハンシーク』は小学生二人のギフトホルダーによって作成された。
その目的は怪我で休学中のクラスメイトと遊ぶ為。
クラスメイトの協力も得て作業は順調に進み、後はテストプレイをして最終チェックするのみ。
そのテストプレイヤーを引き受けたのが佳奈の友達だった。
学内交流会で知り合った二人は事情を聞き、よければと引き受けてテストプレイ当日を迎える。
ネットダイブする為のアクセスアドレスを二人は受け取り、テストプレイは開始された。
そしてその最中、小学生二人のギフトフォールが発生する。
「オレ様はギフトフォール発生直前に少年少女が発した救助連絡を受け、準備を済ませて救助に訪れた。そして到着直後に君の存在を感知してここへ」
「そうだったんですか」
「さて、君はどうする? 後はオレ様に任せて君は帰ることをお勧めするが」
「帰りません。私も助けに行きます」
ミラージュ仮面が問いかけた選択に佳奈はまっすぐ瞳を向けて即答する。
そこに初志貫徹の意思を込めて。
「一切の迷いは無いようだな。ならば同行を認めよう。その友人を想う気持ちは素敵なモノだ。大切にするといい」
「はい!」
「そして肝に銘じてほしい。その気持ちは大切なことだが無謀と勇気を履き違えてはいけない。今回オレ様が来なければどうなっていたか解るはずだ」
言葉がない。まさにその通りだ。助けるという気持ちが先行して、無茶を通そうとしていた。
自分の力があれば、ギフトがあればと。
ミラージュ仮面が来なければ自分は危なかったのに。
「いいか。それで困るのは自分だけだと思ってはいけない。常にそれを念頭に置いて行動するのだ」
「解りました」
佳奈は答えた。まっすぐミラージュ仮面の瞳を見つめて。
反省しよう。
そして今の言葉を、今の想いを大切にしようと佳奈は胸に刻む。
同時に今の言葉はミラージュ仮面が自身にも再確認している言葉のようにも思えた。
ミラージュ仮面にもそういうことがあったのだろうか。
そんな思いを抱きながら仮面に隠れた瞳を見つめた。
「なんだ? オレ様に惚れてしまったのか?」
「うわっ、最悪だ」
自分の思考と大きく離れたことをふふんと笑って聞いてくるミラージュ仮面に佳奈は思わず笑ってしまった。
「さて、話も終わったところで少年少女たちの場所へ移動するとしよう」
「えっ、場所がわかっているんですか? 地図には何もそれらしい場所はなかったのに」
ミラージュ仮面の言葉に佳奈は驚き、地図を展開する。
佳奈は地図を何度も確認して進んでいたが、それらしい場所は見つからずにいた。
「それでは見つかるまい。正しくは、こうだ」
ミラージュ仮面は佳奈が展開した地図に触れる。
それにより、地図の一点。そこに反応が現れた。
「ロックが何重にもかけられている上に存在空間もズレているからな。気づかなくっても仕方がない。さて、心の準備はいいか」
「はい!」
「うむ、良い返事だ。では行くぞ!」
パチン。
ミラージュ仮面が指を鳴らすと、世界は音もなく瞬時に切り替わる。
広がるのは岩石の荒野。そこに二人は立っていた。
「ふむ、ここで間違いないようだな」
ミラージュ仮面の見据える先。天に向かって伸ばした腕のような岩山の頂点。
何かを掴もうとする手の形をしていた。
そして、その少し上。その何か――黒い球体が浮かんでいた。
「……男の子と女の子? それに――」
その中に佳奈が最初に出会った少年と少女の姿があった。
あの時とは違い、人の気配を感じる。
そして、佳奈の友達二人の姿もあったが四人とも意識がないように見えた。
「彼らを覆っている黒球が核となってギフトフォールを起こしている。オレ様たちの目的はあれを破壊することだ。さあ、行くぞ!」
「はい!」
佳奈とミラージュ仮面は広大な岩石の荒野を駆けた。
『ジャマ、しないで』
『ジャマ、しないで』
接近する邪魔な存在を排除する為、ギフトフォールは黒い巨人の姿を成して二人の頭上に光の槍を降らす。
対して二人は激しい雨のように攻めてくる光の槍を浴びぬように回避する。
どちらも防ぐ盾は展開しない。そこに込められた力を感じ取り、防ぎきれないと判断して。
その合間を縫って反撃をするが佳奈の攻撃ではそれ程効果がないようだった。
「効かないし、っと、進めない」
避けながら攻略方法を模索する。
現状は、じり貧状態。このままでは結果が見えている。
その結果を変える為に何手も考えるが、どれも良い結果まで辿り着けない。
「でも」
佳奈はあきらめずに模索を続ける。避けながら、攻めながら、自分自身に誓った約束を守るために。
そんな佳奈にミラージュ仮面の声が届く。
「すまないが、しばらくオレ様に時間をくれないだろうか?」
「時間?」
「そうだな。……十秒。そう、十秒間。オレ様は集中したい。避けるのも止めて」
理由を問わずとも、それがこの状況を打開する為だということは解った。
「十秒でいいんですね?」
「ああ。それでこの状況は一転する」
その言葉を一切疑わず、佳奈はミラージュ仮面の前に出た。
佳奈がミラージュ仮面に対して抱く安心感や親近感等の想いが信じて任せられる気持ちを与えてくれる。
やはり、どこかで会ったことがあるはずだ。
消えていた疑問が再び姿を見せたけれど、今はどうでもいい。
それよりも今は守ることだけを考えようと佳奈は防御壁の展開を始める。その展開を受けて、ミラージュ仮面は集中に入った。
佳奈は自分達を中心に全方位防御壁を展開していく。
移動しながら展開させる盾と違って移動は出来ないが、集中して錬れる分強固な防御壁。
それを幾重にも重ねて、分厚い壁を作っていく。
移動せず留まった二人を認めた巨人は広範囲攻撃を止め、その一点目掛けて光の槍を放つ。
「くっ!?」
その衝撃は展開者の佳奈に伝わってくる。
それだけで意識が飛びそうになるのを踏みとどまって、さらに防御壁を展開していく。
防御壁は連撃を受けて次々に破壊されるが、佳奈は突破させまいと展開の手を休めない。
衝撃と防御壁の連続展開に佳奈の疲労が急激に溜まっていく。
体の反応が鈍くなっていくのを感じては、それを無理やり動かして処理する。
けれど。
「あっ」
膝の力が抜けて、そのまま抗うことが出来ずに膝と手を地面につける。
展開の手は止まり、光の槍が一気に防御壁を破壊していく。
「まだ、だっ!」
気合を入れ直して立ち上がった佳奈は防御壁の展開を再開させる。
けれど、そこに前の勢いは無い。明らかに疲労が見て取れる。
「だからって!」
ここで止まるわけがいかないと精一杯力を振り絞る。
その直後。
「ありがとう。もう十分だ」
十秒経ったことを知る。
告げたミラージュ仮面は右手を天にかざして高らかに言葉を発した。
「ミラァァァァァジュワァァァァァルド!」
その叫び声と共に世界は灰色の世界と化す。
同時に。
「受けよ、我が正義の剣を!」
いつの間にかミラージュ仮面は大剣を握り、構えを取っていた。
そこから放たれる威圧感は佳奈が最初に感じたモノの比にならないほど強い。
佳奈はそれを背に感じたまま、呼吸すらできずに固まっていた。
だが黒い巨人は構わずに二人目掛けて光の槍を放つ。
それを。
「ミラァァァァァジュブレェェェェェイック!」
気合一声と共に振られた大剣から放たれた閃光が貫通して巨人の体を一瞬駆け巡る。
「さらばだ、黒き巨人よ」
その言葉を待っていたように、言葉が終わるのと同時に光の槍は空中で爆発し、巨人は両断されて消え失せた。
「……」
目の前で起きた出来事に佳奈は声を失う。
ミラージュ仮面はそれに構わず、話を始めた。
「ここは先程までいた世界と切り離れたオレ様の空想具現化世界だ」
この世界を彼女は知っている。
けれど何故か繋がらない。繋がるべき人の姿に。
でも今はそのことよりも眼前の光景とミラージュ仮面が二種類のギフトを使ったことに驚きを隠せなかった。
ギフトは『自己世界の確立』等によって使用可能となる。
そして、その自己世界は人の内に一つだけと言われており、ギフトも一部の例外を除いて同様だ。
これまで複数のギフトを所有する実験が数多く行われたが精神や肉体への負担が大きすぎることから実現不可能とされていた。
なのに今、ミラージュ仮面はそれを可能としている。
「一体、どうして……?」
「オレ様は正義の味方だからだ!」
答えになっていない。
「それよりもだ。まだギフトフォールが治まったわけではない。このミラージュワールドを解いたら、再び襲われるだろう」
ミラージュ仮面は佳奈の疑問に答えず、話を進める。
「黒球は世界外だから解いてからでないと壊せない。だが今この場で解いてまた襲われては意味がない」
ミラージュ仮面の言葉に佳奈は同意を示すように首を縦に振る。
それを受けて話は続く。
「だから君に黒球を壊してほしい」
「私、ですか?」
「ああ、頼む。オレ様は、っと」
話の途中、ミラージュ仮面は膝を折って地面に手をつける。
その姿からダブルギフト、二つのギフトを使用するのは思ったとおり負担が大きいことを察した。
ミラージュ仮面自身、余力はそれ程残っていないのかもしれない。
だから私に、と思いながら伸ばした佳奈の手を借りて立ち上がったミラージュ仮面は礼を述べて話を進める。
「オレ様はこの世界の維持に専念しなければならない。だから、頼めるだろうか」
「解りました」
言葉と首肯で返答した佳奈は背に気配を感じて振り返ると黒球近くまでの坂道が出来上がっている。
「その想いに感謝する。途中までだが道は用意した。では頼むぞ」
「はい、行ってきます!」
答えて佳奈は坂道を走っていく。
今のミラージュ仮面がどれ程世界を維持できるか解らない。できるだけ早く負担を減らすために急いだ。
そして、そこには別の想いもある。
ギフトフォールに陥って苦しむ少年達を早く助けるために。
一緒に囚われている友達を早く助けるために。
幾つモノ想いを胸中に抱いて佳奈はギフトを足元に使って力強く一歩一歩を踏み出して加速していく。
一気に駆け上がって、黒球と同じ高さに入ってからは平坦な道に入った。
そこを坂道以上の速さで駆けると世界の壁が見えてくる。
けれどスピードを緩めず駆け抜けた。近づくと世界は切り替わり、眼前の壁と足場にあった道は消える。
代わりの足場を自身の力で作り上げ、踏み込む一瞬だけ展開させてテンポよくさらに加速しながら進んでいく。
突如現れたミラージュ仮面と佳奈を認めたギフトフォールは再び形を成して妨害しようと襲い掛かる。
けれど、もう遅かった。
黒球はすでに佳奈の眼前。
拳にギフトを、力を収束させ、そこまで駆けた勢いを乗せて繰り出した。
「っせあ!」
渾身の一撃を。
その衝撃を受けて黒球は砕け散っていく。
それはギフトフォールの停止を意味し、黒い巨人は音もなく消えていった。
佳奈は落下しないように前方へ足場を作って着地する。
けれど殴った勢いは止まらない。
「っと、うぐっ!?」
踏みとどまれず、勢い余って思いっ切り転んで転がっていく。
「なんの!」
それを強引に止めて後ろを振り返って駆ける。その先では黒球という支えを失った四人が落下していた。
佳奈は作った足場から飛び降りて落ちていく四人を追う。
そして、彼らが落下していく先に網を展開して自分もまとめて捕まえることに成功した。
「間にあ、ひゃっ!?」
自分の着地以外は。
「間に合ってよかった」
改めて先程言おうとした言葉を安堵の息と共に吐きながら笑みを浮かべ、網をゆっくり地面に降ろした。
「ふむ。外傷はないな。見たところ眠っているだけのようだが、念の為検査を受けてもらおう」
地面に降りたところで出迎えてくれたミラージュ仮面の言葉に佳奈は頷く。
「後は彼等を送り届ければ一段落つくが、君は送り返すことが出来るか?」
「……いえ、できません」
返答して改めて思う。自分がどれほど考えなしに飛び込んできたことを。
一体私は助けた後、どうするつもりだったのだろうか。
「そうか。ならば四人はオレ様が責任を持って送り届けよう」
ミラージュ仮面は気にした素振りを見せずに、その役目を引き受けた。
そして手を横に払い、四人を浮遊球体の中に入れる。それで運んでいくようだ。
「礼を言おう。君の協力がなければ四人を助けることが出来なかっただろう。感謝する」
「いえ、そんな。こちらこそありがとうございました!」
言葉にしたとおり、感謝するのはこっちの台詞だと佳奈は深く頭を下げた。
その礼の一言に含めた色々を頭に浮かべる。
助けてもらって、助けてもらって、そう助けてもらってばかりだった。
「その言葉、確かに受け取った。それではオレ様は行く。さらばだ!」
羽織った白いマントを翻したミラージュ仮面に佳奈は別れの言葉を口にして、浮遊球体ごと姿を消すのを見届けた。
佳奈はしばらく消えたその場所を眺めた後。
「ありがとう、ミラージュ仮面さん」
もう一度感謝の言葉を送って、その場から去った。元の世界へ戻るために。
翌日の放課後。
佳奈が検査入院中の友達を訪ねていくと、病室にはギフトフォールに陥った初等部の二人も一緒だった。
友達のベッドを囲んで何やら話に花を咲かせている。
「あっ、佳奈。いらっしゃい」
その中心にいた友達が佳奈に気づいて、三人に向けていた笑顔を佳奈に向けた。
もう一人の友達も笑顔で、初等部の二人は少し硬い表情で挨拶を。
佳奈も挨拶を返してから体調を尋ねると友達の一人が皆問題ないと代表して答えた。
それを聞いて胸を撫で下ろす佳奈に事情を聞いていた四人は感謝の気持ちを伝える。
まっすぐに向けられたそれに佳奈は思わず照れ笑いを浮かべた。
そんな佳奈の前に、初等部の二人は並び立って互いに目配せをする。
そして。
「「ごめんなさい」」
しっかりと佳奈の目を見て謝った。
これから怒られることを想像して泣きそうな顔になりながらも。
「……あのね、佳奈」
そんな彼等を庇う言葉を佳奈の友達は口にした。
それを聞いていて、友達に彼等を責める気持ちはないことが伝わってくる。
それでも彼等はきちんと反省して謝罪を行えた。
なら、それ以上罰することはない。元よりそのつもりもなかった。
だから。
「うん、大丈夫。私も怒ってないから」
佳奈は笑顔で答えた。
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