『続々・魔法少女はじめました。』

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 今日は二月十四日。つまりバレンタインデー。
 けれど今日は日曜日。
「残念だなー。今日が平日ならオレも女の子たちからチョコをもらえていたんだけどなー。ホワイトデーのお返しが大変だったんだけどなー」
 ヒカルは安堵と虚しさの混じった表情をしながら、平坦な声でぶつぶつ言っている。
 そんなヒカルに悲報をお届け。
 恋する乙女は休日でも構わず、想い人へチョコを渡しているのであった。
「マジで!?」
 ヒカルは心の底から驚いたような表情を浮かべる。
 それはまるでバレンタインデーという行事が、自分とは無縁であることを告白しているようでもあった。
 可哀想なヒカル。
 オレに実体があれば、前日にこっそりチョコを作り、寝ているヒカルの枕元に置かれた靴下にチョコを入れておいてあげたのに。
 そしてそんなヒカルは満面の笑みで言うんだ。
 わぁい、バレンタインチョコさんは本当にいたんだってね。
「ますます可哀想なオレになるのですが」
 そうだね。笑える。
「笑えない」
 と、真顔でオレを見つめるヒカルに速報です。
 魔物が出た。魔法少女に変態して出動だ!
「いやです。土日祝日は魔法少女もお休みです」
 ヒカルはベッドに倒れ込む。そんなヒカルを蹴り飛ばし、オレは物語る。
 魔法少女に休みはない。
 魔法少女は年中無休。報酬は皆の笑顔です。
「実体がないって言ったのに蹴るな!」
 ヒカルはオレを叩こうとするが、実体がないので叩けず、伸ばした手は空を切る。
 それはまるで、生涯無縁のバレンタインチョコを求めて手を伸ばし続ける姿に見えた。
「見えねえし! 来年はもらえるし! あと都合よく触れなくなるな!」
 来年はバレンタインデーにチョコがもらえる。
 その願いを叶えるためにも出動する必要があるんだぜとオレは言う。
「どういうこと?」
 今日の魔物は、バレンタインデー関連の魔物だからなのである。
 しかも二体の魔物が出現。
 この二体の魔物を退治せずに暴れさせておくと、近隣のPTAがバレンタインデーって危なくね? 来年から禁止にしようと言い出し、それが学園側に受理され、ヒカルは社会にでるまでバレンタインデーと無縁になる。だから来年はチョコをもらえる可能性がもともとゼロなのにマイナスになる。
「マイナスにはならねえよ! それよりそうか。……でもそれならそれで皆ゼロならいいかという気持ちになる。『バレンタインデー、皆ゼロなら怖くない』って言うし」
 言わない。
 分かった。もういい。そこまで言うなら、また体の支配権を奪って、コタローにチョコを渡す。そして桜木あかねとまた修羅場ってくる。
「よし行こう。今すぐ魔物退治だ」
 そうか。行ってくれるか。
 オレは最初からヒカルを信じていた。きっと魔物退治に行ってくれるって。
「そりゃな。初チョコを貰う前に男にチョコを渡したくない。あとコタロー絡みのあかねちゃんはマジで怖い。今までの敵で、あかねちゃん以上に怖い存在はいなかった。だから天秤にかけずとも、この選択に辿り着くので、その手段は二度と使うな。これはジブンとの契約内容に追記して」
 わかった。約束しよう。約束は絶対。なのでオレはこの手段を二度と使わない。契約更新だ。
 そしてジブンと言うのは、オレの名前。周囲がオレを美少女と褒め称える程度の美少女。
「オレ以外に――ああ、コタローも見えるんだっけ。オレ以外に見えないのに周囲が、って」
 ヒカルはオレの言葉に突っ込みながらも、自宅のベランダに出た。
 そして叫ぶ。小声で叫ぶ。魔法少女へ変態するトリガーを。
「変身って言えや!」
 ヒカル、変身完了。
 ヒカルの姿は、魔法少女の格好が似合う、可愛らしい女子小学三年生相当の姿に変わった。
 変身シーンはカット。各々で補完せよ。
「で、どこにいるんだ?」
 王都学園、ヒカルの学校だ。
 それを告げると、ヒカルはマジカルステッキにまたがり、飛行してあっという間に学校の屋上に降り立った。
 そこは以前、別の魔物と戦い、ヒカルの正体がバレ、他にも色々とあった場所。
 そしてそこで今、二体の魔物が争っている。
「……魔物同士が戦っている?」
 左手を御覧ください。下駄箱型の魔物です。
 さっきまでのヒカルのようにチョコがほしい、チョコがほしいと思う大勢の男子達が、もしかしたらバレンタインデーに自分宛てのチョコが下駄箱に入っているかもしれないという淡い期待から生まれた魔物です。
「う、わぁ……」
 右手を御覧ください。
 女の子の姿をしたチョコレートの魔物です。
 今日はバレンタインデー。好きな男子にチョコを送りたい。でも恥ずかしい。渡せない。でも渡したいという乙女心から生まれた魔物です。
「なぜ女の子型のチョコレート?」
 こちらには、女の子側というよりも男子側の私をた、べ、て、的な妄想も混じっているようだ。
 ヒカルの妄想が混じったせいでこんな姿に。
「オレはそんな妄想はしてねえ! ……。してねえからな!」
 否定の仕方が肯定みたいだな。
「それはそうと、まさにバレンタインデーの魔物ということか。確かにそんな感情から魔物が生まれて暴れたら、PTAもバレンタインデー中止を決行するかもしれない。ところでなんでこの二体は魔物同士で戦っているの?」
 下駄箱型の魔物は、眼前にチョコレートがあるのでめっちゃ欲しい。食わせろ。
 女の子型のチョコレート魔物は、ふざけんな近寄るな、私は好きな男子に食べてもらうんだ。誰がお前なんぞに食われるものか。
 みたいな感じで争っている。
「そっかー。そりゃ争うわな」
 まあ、それはそうと退治だヒカル。二体を退治しよう。魔法少女らしく、可愛くな。
 なお長引くと、お互いヒートアップして、どんどん増えていくのでお気をつけて下さい。
「面倒だなそれ。早く決着をつけよう。いくぞ――」
 ヒカルはマジカルステッキを構え、可愛らしい声を空に響かせる。
「双・竜虎円舞双牙!」
 その魔法少女らしからぬ技名と、マジカルステッキだと言っているのに、刀のように振り回してヒカルはあっさりと二体の魔物を倒した。
 素早い魔物退治に定評のあるヒカルである。苦戦した魔物は桜木あかねのみ。
「あかねちゃんは魔物じゃねえよ。まあでも魔神クラスではあるよな」
 完全否定はしないヒカルであった。
 そしてそんなヒカルの前に、消えた魔物が多くのアイテムを落としたのであった。
「……大量のチョコレートと、下駄箱?」
 下駄箱と大量のチョコレートを媒体にして生まれた魔物だったのだ。
「そうか。まあ、無事に退治したわけだし帰ろう」
 そうだな。下駄箱を片付け、チョコレートを各持ち主に届けてからな。
「やっぱり?」
 勿論だ。下駄箱は別にいいけれど、チョコレートを届けないとこのチョコレートを用意した女の子たちが悲しむ。
「……。まあ、それは見たくないな。仕方がない、届けるか」
 ヒカルは下駄箱を元の場所に戻した後、大きな白い袋にチョコを詰め込み、それを肩にかけて空を舞った。その姿は、季節外れのサンタクロースのように見える。
 きっと配り終えて帰宅する頃には、疲れているだろう。
 疲れている体には甘いもの。
 オレがこっそり用意しておいたチョコをヒカルが喜んで食べている未来が見える。
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