『数日後』

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 優しい風がのんびりと歩いて渡り、空は青々と澄んでいて陽射しは柔らかく、街全体にゆったりとした時間が流れている。
 ようやくベッドから起きられるようになったレスターもお見舞いに来ていたルーシィと一緒にルーシィが作った昼食を取り、今は食後のデザートに蜂蜜をかけたクアハーダを食べながら、そのゆったりとした時間を楽しく過ごしていた。
「それにしてもルーシィは料理が上手だね。いつ頃から料理を作るようになったんだい?」
 レスターが訊ねるとルーシィは手にしたスプーンを静かに置き、柔らかい陽射しが射し込む窓の外を遠い目で見ながら話し出した。
「……物心ついた頃にはすでに料理をしていたのですぅ。それだけでなく、掃除も洗濯もその他もろもろ師匠の身の回りの世話をしているのですぅ。もう言われるままだった……いえ、今でもそうなのですぅ。気がつけば、師匠の世話をするのが当たり前というか、体に刷り込まれているというか……。これも1人前になるために必要な修行だと言うのですが、あれは絶対に自分が楽をするために言っているとしか考えようがないのですぅ! 私がいなくなったらあの生活力ゼロの師匠は生きていけないのですぅ。今留守にしていますけど、一生留守のままになる可能性が非常に高いのですぅ。なにせ稼いだお金も少し目を放しただけで消してみせる手品師もビックリな大馬鹿野郎なのですよ! 手品師みたいに戻してみろっていうのですぅ! もうその月の生活費ぐらい残しやがれですぅ! 私が毎月どれほど苦労してやり繰りしているのかもわからずに! 今までどうやって生きてきたのかが不思議でならないのですぅ! あれで一流の夢の渡し人じゃなかったらもうなんなんですか!」
 他にもですね、とレスターにずいっと顔を近づけ、話を続ける。師匠の話をする口調は文句を言っているようであったが、レスターにはどこか嬉しそうに話しているように見えて、ルーシィはなんだかんだ言っていても師匠が大好きなんだなと感じた。それが微笑ましくってつい笑みがこぼれる。
「あっ、なんで笑っているのですか! レスターさんまで私を馬鹿にするのですね!」
「大好きなんだね、師匠が」
「くぅ、誰がですか! あんな師匠はポイポイですぅ!」
 そんなやり取りを2人でしていると、部屋の扉が開いて、出かけていたセレナが姿を見せた。
「ただいまー」
「おかえり」
「おかえりなさいですぅ」
「ん、ルーシィちゃんいらっしゃい。あっ、それって食後のデザート? もうお昼ご飯食べちゃったの?」
「うん、食べたよ。ルーシィが料理を作ってくれたんだ。とてもおいしかったよ」
「セレナさんの分もありますですぅ」
「ありがとう。もうお腹ぺこぺこだったのよね。助かるわ」
「じゃあ、座って待っていてください。すぐに温め直して持ってきますぅ」
「ありがとう」
 セレナは空いていたレスターの向かい席に座り、ルーシィはキッチンへと消えていった。
「魔力は……ん、少しは回復してきているようね。体調の方はいかがかしら?」
「ああっ、うん。体調の方はもう大丈夫」
「そう、それはよかったわ。でも、まだまだ『夜天翔ける無限の光輝星群』を使いこなせていないみたいね」
「うん、そうなんだ。まだ扱える星の数もわずかだし、使った結果3日間も寝たきりだったからね。魔力の方も……この感じだと完全に回復するまであと2日はかかる」
「それでも前よりは使えるようになったってことかしら。前に使った時は10日間ほど寝たきりな上に魔力が回復するまで2週間ほどはかかったものね」
「でも、やっぱりまだまだだよ。結局今回も衝動を抑えきれずに使ったんだから。これを使わなくても、いつも通りにやれば勝てたのに」
「何を言っているのよ。いつも通りに出来なかったから使うことになったんでしょ」
「うっ」
「そもそも私の倒れている姿を見て、死んだなんて思って動揺している時点で駄目ね。しかも、敵に捕まるなんて以ての外よ! いい? 戦闘時における冷静さの欠如は――」
 それからしばらくセレナの説教が続いた。何か言いたいレスターではあったが、助けに行ったはずがきちんと状況の把握をせず、動揺したことからいつもの戦いができなかった上に相手に捕まり、しかも助けるべきセレナに助けられたのだから何も言えず黙って聞いて反省していた。
「お待たせしました、ですぅ……? あの、どうかしたのですか?」
 手に料理を持ちやってきたルーシィは2人のやり取りを見て、首を傾げた。
「いいえ、なんでもないわ。うん、いい香りね」
 セレナの気が料理に移り、どうやら説教が終わったようだ。レスターは料理を持ってきたルーシィに心の中で感謝の言葉を贈った。


「ん、とても美味しいわ。ルーシィちゃんはお料理が得意なのね」
 セレナは左頬を押さえ、今にもとろけそうねと幸せそうに顔を緩めた。そんな姿を見て、ルーシィはとても満足そうな顔をする。そして、セレナがレスターと同じ質問をして先ほどと同じ展開を繰り返した。2人は話すルーシィの姿を見て和み、ルーシィはそんな2人を見て、ぷんぷんと顔を膨らます。そんな和気あいあいとした時間はゆっくりと過ぎていき、レスターはふと思い出したことを口にした。
「あっ、そうそう。今朝、セレナが出かけた後に閉まってあった茶葉で淹れた紅茶を飲んだんだけど、とても美味しかったよ。あの強い甘さのある香りといい、深みのある味を与える渋味といい、香りも味も楽しめるとてもいい紅茶だね。あの茶葉はこの辺りで売られている紅茶なの?」
 飲んだ紅茶を思い出しながら満足そうに言っているレスターの言葉を聞いて、先ほどまで見せていたセレナの笑顔が曇る。
「……えっと、今なんて言ったかしら? 閉まってあった茶葉? それって、あの棚のところに閉まっておいた――」
「そう。残り少なかった茶葉だよ。実に美味しかった――」
「レスター!!」
 その突然の大声にレスターとルーシィは驚き、目を丸くした。
「それはこの世界でとても人気がある茶葉なのよ! だから粗悪品なんかもたくさんあって……しかも、それはその生産された品の中でも5%にも満たないと言われている夏摘みの最上級品である中においても稀少品なのにぃ!」
 膨れっ面になりながら訴えるセレナへレスターは申し訳なさそうに謝った。
「ご、ごめん、セレナ。知らなかったとはいえ、勝手に飲んでしまって」
 セレナはその謝っている姿をじっと見つめ、本当に申し訳なく思っているのを確認すると、うんと頷いた。
「よし、許しましょう。ちゃんと謝ったし、無くなってしまった物についてとやかく言っても仕方がないわ。以後、気をつけるのよ?」
「……はい。今度、何かお詫びをするよ」
「約束よ? 全く世話のかかる弟を持つと苦労するわね」
 2人のやり取りを見ていたルーシィはその言葉を聞いて、少し驚き、セレナへと訊ねる。
「えっ、レスターさんはセレナさんの弟なのですか?」
「そうよ」「違うよ」
 と、ルーシィの質問に2人の声が重なって答えた。
「違うよ、ルーシィ。セレナが僕の妹で僕がセレナの兄なんだ」
「いいえ、レスターが言うことは間違っているわ。私が姉でレスターが弟なのよ」
 別の答えを出した2人の顔を交互に見るルーシィをよそに2人は口論をしだす。
「まだそんなことを言うのか、セレナは。僕のほうが年上だろう?」
「年上と言っても、ちょっと早く生まれただけでしょう。シンフォニー家には私のほうが先にやってきたのよ。なら、私が姉でレスターが弟になるのよ」
「確かにあの家で暮らすようになったのはセレナのほうが先だけど、年齢で言えば、というか、年齢で決まるものだろう。なのに、セレナは未だに自分が姉だと言うんだよ」
「ええ、もちろんよ。ソルトは兄と認められても、レスターを兄とは認められないわ。だから、私が姉になるの。いい加減理解してもらいたいわよね」
 と、2人から同意を求められたルーシィは可笑しくってつい笑ってしまった。
 きっと、さっき2人が自分に感じていたものを今は自分が感じているんだ。
 そんなことをルーシィは思う。
「もう、なんで認められないんだよ」
「認められないものは認められないのよ」
 外は晴れ渡り、雲ひとつない。
 きっとこの柔らなか陽射しの下、散歩したら気持ちがいいだろうな、と言い合う2人をよそに思うルーシィなのでした。
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