『思緋の色2』

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  第2話 「昼休みの攻防」  

 チャイムがオリエンテーションの終わりを告げて、今は昼休みを迎えている。今日は授業がなく、今後の日程等の説明が行われていた。午後も引き続き行われて授業はない。後日実力テストや体力測定等が行われてから、ようやく通常授業に入ることになっている。
 昼休みに入ると静まり返っていた先程とは打って変わって賑やかな雰囲気――。
「こらぁ! 廊下を走んな!」
「走ってません! 競歩ですよ、先生!」
「なぜに競歩!? っていうか、集団で競歩すんな! つーか、もう走ってるぞそれ!」
「先生も走ってんじゃん!」
「違いますぅ。これはスリッパスケートですぅ。滑ってんですぅ。走ってませーん。つーか、競歩やめろ!」
「人生は戦いなんです! というか、購買戦争をなめちゃいけませんぞ、先生!」
「知ってけど、一応注意しないと先生っぽく見えないじゃん!」
「どう見ても同級生だもんね、先生は。……中途半端?」
「くっ、中途半端言うな! なんだ、お前は! 小学生みたいな外見の先生が良かったのかよ! このロリが!」
「ロリをなめんな、こんちくしょう!」
「俺としては優しいお姉さんみたいな先生が良かったです。それでいてボンキュボーンみたいな?」
「ドンマイ、先生」
「なんだよ、残念そうな目向けんなよ! それとドンマイ言うな! くぅ、先生をなめんなよ!」
「はやっ! スリッパスケートでその速度どうやってんの!?」
「ふふふっ。先に行って、購買のパンを買い占めてやる!」
「なんだって! くそっ、大人買いか! 財力でモノを言わせやがるつもりだ、こんちくしょう!」
「大人買い自体が大人気ないって気もするけどな。それと先生、目的変わってるよ」
「そうはさせるか! 購買の平和は俺たちが守る!」
「果たして、貴様らに先生を止められるかな? さらに加速だぁあ!」
「負けるか、こっちも加速だぁああ!」
 ……賑やかを通り越しているな。さすがうちの担任だ。
 昼休み開始直後の今。学食や購買へ向かう生徒達は教室からすでに消えていた。残っているのは僕のようなお弁当派の生徒のみ。其々が机を併せて、グループを作って笑い声が聞こえてくる。僕も、あかねちゃんやタッキーと机を合わせて座る。
 シンさんは所用があるらしく、今はいない。なんだろうな、所用って。
「ううむ、首の調子が……。コタロー、貴様は手加減を知らんのか?」
 首をコキコキやりながら、文句口調でタッキーが言ってくる。
 それは僕がタッキーに言いたい言葉なんだけどな。
「むっ。それはおいしそうだな、コタロー」
 タッキーを見ると、箸を手にタッキーの眼は僕のお弁当箱の中をロック。
 そして、断りもなしにその手はお弁当箱に襲い掛かってきた。
「そうはさせるか!」
 カッ、と音を立てて僕の箸がタッキーの箸を抑える。
「やるな、コタロー。だが、箸に箸とはマナーが悪いぞ」
「なら聞こうか。断りもなしに人様のお弁当に箸を伸ばすのはマナー違反ではないと?」
「ふふふ」
「あはは」
 本日の第2ラウンド。
 スタート!
「どりゃあああああ!」
「せいああああああ!」
 カッ、カッ、カッ!
 辺りの笑い声に埋もれながらも、その音は激しい衝突を表していた。
「我が箸による突きの嵐の前に平伏せ!」
「これが嵐だって? 僕にはそよ風程度にも感じないな!」
 衝突音はさらに激しさを増していく。左、右、真ん中、手前に奥と一定のリズムでなく、不規則に散らばしながら僕のお弁当箱へ襲撃をかけるタッキーの箸を僕は防いでいく。だけど防御一辺倒で終わるつもりはない。僕はタッキーのお弁当箱へ逆襲をかけた。
「やるな、コタロー!」
「タッキーもな!」
「てい」
「あっ」
 そんなお互いを認め合った瞬間。
 箸を持った僕の手をあかねちゃんがペチッと叩き、僕の手から箸が机、床へと落ちた。
「隙あり!」
 それを好機とみたタッキーは僕のお弁当箱から戦利品を口へと運んでいく。
 それはもう高速で。
「ああ、僕のお弁当が!」
 戦闘の最中、箸以外での攻防は認めないという暗黙のルールが出来上がっていたため、その武器を失った僕に勝機はなかった。
 ただただ無くなっていくお弁当箱の中身を見つめていることしかできない。
「もう、あかねちゃんが妨害するからだよ」
 お弁当を失った悲しみを抱えたまま、僕は横槍を入れたあかねちゃんへ顔を向ける。
 と。
「はい、あーん」
 そこには待ってましたと言わんばかりの笑顔で「どうぞ、お食べ」と箸に玉子焼きを挟んで僕へ向けるあかねちゃんがいた。
「い、いいよ、あかねちゃん。遠慮させていただきます」
「そんな遠慮しないで。はい、あーん」
「あがっ!? ちょっ、無理やり口を開かせて入れようとしないで! ふがっ!? 鼻! 今、鼻の骨に思いっきり当たったよ!」
 そんなあかねちゃんの「あーん」攻撃でダメージを喰らって鼻を抑えていると、ひそひそとした声が耳に届いてきた。
「(まぁまぁ。見まして、奥さん?)」
「(ええ。両の目でしっかり、と)」
「(公衆の面前であんなにイチャイチャして)」
「(本当。まったく最近の若者ときたら)」
「……」「……」「……」「……」
「「ブッコロス」」
 最後の言葉だけ妙にしっかりと聞こえた。
「オマエらの眼は節穴か! どう見てもイチャイチャしてないよ! 痛っ! 眼の中になんか入ったぁああ!」
「もう、コタローくんったら。そんなに悶絶するほど恥ずかしがらなくてもいいのにぃ。でも、照れているコタローくんも可愛いかも」
 照れてないと言いたかったけど、眼を襲った痛みで声が出なかった。
 そんな痛みに苦しんでゴロゴロ転がっている僕に、また1人勘違いした奴から一言が届いた。
「くそっ! どうやら俺様は試合に勝って勝負に負けてしまったようだな」
 それを聞いて僕は思った。
 そんな戯言をいう口は塞いでしまわないと。
 苦しむ中、痛みがひいた時の最初の行動は決まった。
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