『魔法少女カラス』

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  第1話  



 ――ピピピピピッ。
 枕元で鳴り続ける目覚まし時計を止め、烏丸憐は上半身を起こす。
 先程まで現実のように感じていたそれは、夢だったのだと知る。
「……変な夢」
 夢の内容を振り返り、憐は率直な感想を呟いた。
 魔導師としての修練を積む彼女にとって、自分や相手が魔法を使っていたことは不思議な事ではない。
 彼女が不思議に感じたのは、青葉ひなたと自分が命を賭した戦いを繰り広げていたからだ。
 憐がひなたと出会ったのは、憐が小学四年生になる直前。つまり、今年の春休みのことである。
 春休みに入って直ぐのことだった。憐の周囲で不可思議な現象が起こり始めたのだ。
 憐はその現象の原因を調査する為、自身が所属する組織の指示に従い、とある場所を訪れた。
 そこには、その現象を解決する為の大きなヒントと共に青葉ひなたがいたのだ。
 その出会いから紆余曲折の末、ひなたの協力を得た憐はその現象を無事解決する。
 が、二人の縁はそこで終わらない。
 ひなたは憐と同じ組織に所属する事となり、同い年の彼女は憐の学校へ転入し、クラスメイトとなった。
 以来、二人は幾つもの任務を通じて、友情を育んでいく。
 そんな青葉ひなたと、夢の中でとは言え、自分が命を賭けて戦っていたのだ。
 だからあれは、あの相手は、本当にひなただったのだろうかと疑問に思った。
 けれど、長い銀髪に黒い瞳。透き通るような白い肌。そして、柔らかい笑顔を浮かべていた彼女は、雰囲気こそ違いは覚えるものの、それでもひなたに思えてならない。
 だからふと、出会った当時の事を、一戦交えたあの時の事を思い出したが、あの時の状況とも異なる。
 第一、夢で憐が纏っていた黒衣と、手に持って振るっていた大太刀『夜天』を使う為の魔法『聖装』が使えるようになったのは、その一戦以降のことだ。
 それに、ひなたも『聖装』を纏っていたように見えたが、彼女は『聖装』が使えない。そして、それを必要とする神器も持っていないのだ。
 だから不思議で、変な夢と言ったその夢について色々と考え、
「よし、準備完了」
 身支度が終わるまでの思考遊びにそれを充てていた。
「きっと寝る前に今日の模擬戦闘について、色々と試行錯誤していたからだろうな」
 その夢を見た結論を一先ず出して、この話はここまで。
「それよりも今日の模擬戦闘に向けて、しっかり最終調整を行わないと」
 憐は気持ちを切り替え、朝練をする為、部屋を後にした。


 朝練と通学の支度を済ませた憐は、二階の自室を出て、一階のリビングに入る。
 その中では家主の妻、真田八尋が朝食の準備をしていた。
「八尋さん、おはようございます」
 憐は元気の良い声で八尋と挨拶を交わし、朝食の準備を手伝う。
 既に準備はほとんど終わっていた為、憐は二人分の飲み物を用意して食卓に着いた。
 今日の料理は、和食。八尋が料理好きの為、朝も手間をかけて色々と作っている。
 そんな八尋も憐の向かいに座り、二人揃って食前の挨拶をした。
「「いただきます」」
 憐は初めにお味噌汁を口にして、幸せそうな声を漏らす。
 憐の母親も料理は上手だが、八尋の料理は別格だった。だから自然と箸が進み、憐はあっという間に料理を平らげてしまう。
 そんな憐の幸せそうな顔を見て、八尋は微笑む。
「憐ちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるんだよね。今日も張り切って作っちゃった」
「八尋さんの料理は、格別に美味しくて、自然と頬が緩んじゃうんですよね。八尋さんが料理店を出したら、大繁盛間違いなしですよ」
「ふふっ、ありがとう。じゃあ、もしも私がお店を開いたら食べに来てね。ご馳走しちゃうから」
「はい、もちろんです」
 その誓いの儀式として、憐は握り拳を作り、小指だけを立てた。
 それを見た八尋は柔らかい笑みを浮かべ、二人で指切り。そんな二人の周りには、和やかな雰囲気が漂う。
 二人の談笑は朝食の後片付けが終わった後も続き、話題は八尋の夫である綾人の話になっていた。
「綾人さんって、今日帰ってくるんですよね。久しぶりにお会いできるのが楽しみです」
「それがね。昨晩連絡があって、数日調査が伸びることになったそうなの」
「あう、それは残念です。どんな調査に行っているんですか?」
「綾人さんは今、境界の調査をしているの」
「境界と言うと、この世界と別世界の狭間にある世界のことですか?」
「そう、それ。憐ちゃんは、獣人族の魔導師『カマキリ』が起こした事件を覚えているかしら?」
「はい、覚えています。私が獣人族について学ぶ切っ掛けとなった事件なので、特に印象に残っていますね」
 回答を述べながら、憐はその時の事を想起した。
 獣人族は、人間と獣の混血種で、『カマキリ』は猫の耳と尻尾を持つ本名不明の猫人族だ。
 憐が初めて出会った時の『カマキリ』は、帽子を被り、また尻尾を隠していた為、人間と区別が付かず、顔立ちの整った青年にしか見えなかった。
 だから憐は会話を交わしたにも関わらず、その人物が『カマキリ』だと気付かずに、あっさりと見逃してしまったのだ。
 その事件での失態を悔やんだ憐は、それ以降、獣人族について学ぶようになった。
 獣人族は交わった獣によって種族が分かれ、猫人族、犬人族、鳥人族等がいること。
 その混血比率により、『カマキリ』のように体の一部を除いて人間と大差無い容姿の獣人族がいること。
 また逆に獣の容姿で人語を話す獣人族もいること。
 更に獣人族の生活地域、生活様式、歴史等、色々なことを学んだ。
 だからこそ憐は、『カマキリ』があのような事件を起こした理由が、全く理解できない訳ではなかった。
 と言っても、『カマキリ』が行った事を認めるわけではないが。
 そんな当時の回想を終え、憐は八尋との話に戻る。
「つまり綾人さんは、あの時『カマキリ』が最終的に身を隠していた境界を調査しているということですか?」
「そう。あの境界周辺は『カマキリ』が暴れた所為で不安定になったみたいで、色々な異常が起こるようになったそうなの。その発生源を調査して解決することが今回の任務なんだって」
「なるほど。確かに不安定な境界の調査となると、調査日程も読みづらいですね」
「だからごめんね。折角会えるのを楽しみにしてくれていたのに」
「いえいえ、そんな。お仕事なので、仕方が無いですよ」
 ――ピンポーン。
 ちょうど二人の会話に区切りが着いた時、インターホンが鳴った。
 憐が席を立ち上がり、テレビモニターを確認すると、そこに映っていたのは、初等部の制服を着た青葉ひなただった。
 二人はモニター越しに挨拶を交わし、憐はひなたにすぐ出ることを伝えるとソファーの脇に置いた鞄を手に取った。
「八尋さん、行ってきます!」
「いってらっしゃい。ひなたちゃんとの模擬戦闘、頑張ってね」
「はい、頑張ります!」
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