『球宴の夢想』

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  第1話  



『一回の表。フォルスヴァールズの攻撃は1番グレイ。背番号6』
 球場に澄んだ優しい声のコールが広がり、その声にフォルスヴァール国民は驚き、そしてそれはすぐに歓声へと変わる。ゲストとして実況席にいるイヴが自ら志願し、ウグイス嬢を引き受けていたのだった。それを知らなかったフォルスヴァール国民にとって、これはまさにサプライズといえよう。
(おいおい、俺の応援はなしか? ったく、あの嬢ちゃんの人気には敵わなねえな、ほんと。まあ、いい。それより今はこっちに集中しねえとな)
 応援席へ向けた視線を対する敵へと移し、グレイはメットを直してからバットを構えた。その双眸に映る敵は小さな少女。
(データでは変化球多用でコントロールは抜群だったな。練習で一通りの変化球を打ってはきたが、人が投げると違うからな)
 そんなグレイの様子を見ることなく、レスターはミットを前へ出す。
 そしてトワも同じく、サインの確認なしに投球モーションへと移る。その手から放たれたボールは、レスターの構えたミットに気持ちのいい音を立てて収まった。
「トライッ!」
『初球、まっすぐ、ど真ん中! 王都バッテリー、まずは最初の1球を決めてきました!』
(……表示だと138km/hか。変化球投手の割には球速もあるんだったな。気ぃつけねえと)
 グレイはそれを頭に入れて、構え直した。
 その打撃フォームの変化を横目で眺めていたレスターの思惑通りに。
 確認を終えたレスターはサインを出し、トワは首を縦に振って投球に入った。トワの手から離れたボールは先程と同じ軌道を辿りながら、キャッチャーミットを目指す。
 しかしボールはミットに収まることなく、バットによって弾き返され――
「アウト!」
 ――トワのグラブへと戻ってきたのだった。
『トワ、ピッチャーライナーを見事処理して、1アウトです!』
『2番キャッチャー、カレル。背番号2』
「どうでしたか、グレイさん?」
 ネクストサークル内にてバットのグリップを確認していたカレルは戻ってきたグレイに尋ねる。
「ストレート、ナックルカーブだ。続けて同じコースに来たもんだから、つい反応しちまった。初見とか関係なく、見分けづらいな。変化もあるから、打ち損じるぞ」
 すれ違いざまにそれだけを言い残して、グレイはベンチに戻っていった。
(見分けづらい、か。ナックルカーブで通常のストレートと同じ球速ということはないだろう。ということはリリースが上手いということだな)
 バッターボックスに入りながら、座っているレスターを一瞥して足元を整える。そうしながら、頭の中で自分の役割の確認と配球の予想を立てていく。整え終わった足元を固定して、バットを構えたのを確認したレスターはサインを出した。そのサインを確認して、トワは第1球を投じた。
「ットラーイクッ!」
『初球内角高目に入ってきたシンカーを見送るカレル。ボールカウントを稼いで様子を見たいところでしょうか』
 そんなカレルをレスターは一瞥して、前に向き直る。
(しっかりと見てきたな。カレルさんも初球は見ると決めているタイプか? 打つ気があれば、どこかが動くけど、そういった気配がなかった)
 続いて投じられたストレートはアウトハイギリギリのストライクゾーンをついてカウントをツーストライクとする。そのボールの収まったミットを見ながら、カレルは思う。
(これもギリギリだったな。2球続けて際どいコースをついてきている。これが狙い通りなら、データ通りコントロールが相当良い。さて、次だ。2球続けて、内外の高目か。安易に考えれば、低めだと思うんだけど。とりあえず、今回は見ることを優先だ。低目を意識しながら、高目を待つとしよう)
 収まったボールはトワの元へと戻り、カレルは足元を均して構えた。
 そして、投じられたカレルに対しての第3球。
「なっ!?」
「トラック、アウト!」
 ボールは2球目と同じコースを通り、キャッチャーミットへ収まる。
 ただし、ストレートではなく、シンカーであった。変化球を投げる際の投球モーションがストレート時と酷似しているためか、ストレートのタイミングで振ったカレルのバットは空を切ることとなった。
(……思わず、振ってしまった。なるほど、グレイさんの言ったとおり、見分けづらい。しかも初見だと、なおのことだな)
 ネクストサークルで出番を待っていたセレスにグレイから貰った情報と併せてセレスへと伝える。
「そう、わかったわ。行って来る」
 すれ違い様にポンとカレルの肩を叩いて、セレスはバッターボックスへと進んでいく。それを見逃すことなく、監督――ルヴィ譲は立ち上がって審判へと宣言する。
「バッター交代! なんですの、カレル様に気安く触れて! 審判、バッター交代ですわ!」
 しかし、騒ぐルヴィを他所に試合は中断することなく続く。
「無視しないでくださいな!」
『3番ピッチャー、セレス。背番号1』
『さあ、ツーアウトでクリーンナップの一角、セレスです。ここは自ら出塁してチャンスを作りたいところですね』
『そうじゃの。姫の性格からして、ここは自身が出て点に繋ぎたいと考えているはず。ただ、それが力みにならないといいのじゃが』
 そんなロウワードの懸念を他所に、セレスの佇まいは勇ましく、凛としている。
 そして強者が放つ威圧感を持ち併せているその姿は、まさに『戦姫』の二つ名に相応しい。
(ツーアウトで3番か。初球からガンガン打っていきそうな雰囲気がする。よし、初球はこれで様子を見るとしよう)
 そのサインに頷き、トワは投球モーションに移り、初球を放つ。
「ボオッ!」
 球種はストレート。コースはアウトハイのストライクゾーンをわずかに外れた。
(……反応が薄いな。もう1球試すか。今度は内角低目にストレート。外さなくていい、と)
 レスターから出されたサインを確認して、トワは要求どおりのコースへと放った。
 その第2球。
『打ったぁ! セレス、鋭い当たりでセンター前ヒット! ツーアウトから先制のランナーが出塁しました!』
 セレスが打ったこの試合の初安打にフォルスヴァールズ応援席が沸く。マウンド上のトワはボールを受け取り、塁上のセレスを一瞥すらすることなく次の敵へと視線を送った。
 ネクストサークルにて、スイングで轟音を作り出しているルークスへと。
(……初対決は塁上にランナーがいない時がベストだったけれど、今となっては仕方がない)
「しゃあす!」
 気合の入った声でメットを取って、一礼。バッターボックス内に入ってメットを直して構えるルークスを観察しながら、レスターは配球を練っていく。
(これほど間近でみると、やはり一際背が高いな。手足も長いし、窮屈な内角より外角の方が得意と考えるのが普通か。そして、この威圧感。来た球全て打つと言わんばかりの雰囲気を出している。さすが4番ということか。さて、どうする? 初球は……そうだな)
 パパッと選んだサインを出して、トワの投球に対してミットを構えて待つ。トワは1塁上のセレスを確認、そしてセットポジションから本日第8球目を投じた。
 投げたのはまだ見せていないウイニングショットである高速スライダー。
 しかし、そのボールは快音と共に打ち返された。
『響き渡る快音! これは伸びる伸びる! 打球は綺麗な放物線を描きながら、入ったぁ! 看板直撃! 先制の特大ツーランホームランです! 1塁ベースを蹴って進むルークス、ガッツポーズを見せています!』
 ダイヤモンドをガッツポーズしながら回るルークスに応援席からは大きな歓声が送られている。
 その中心にあるマウンド上。トワはルークスの姿を見ず、腰に手を当てて、ただマウンドをじっと見つめていた。
『今まで見せずにいたトワの決め球、高速スライダーを見事に捉えての一打でしたな。セットポジションだったからということでもなく、ルークスの威圧感に萎縮していたように思えますな。その萎縮したまま投じたためか、本来のキレとスピードが乗ってなかったのう』
『なるほど。しかし、すごい打球でしたね』
『ふむ、見事な本塁打でしたな』
 ホームベースを踏み終えたのを確認したレスターは、ボールを持ってマウンド上のトワの元へと向かった。黙ったままグラブを出してボールを受け取ろうとするトワに、レスターはボールを渡して「僕が何を言いたいかわかるよね?」と尋ねた。
「わかってる。大丈夫、次は負けない。だって、負けたままじゃ悔しいもん!」
 その返答に、その強い眼差しに、レスターは気持ちが折れていないことを確認した。
「よし、大丈夫なようだね。次もルークスさんに負けないぐらいのパワーヒッターだ。気を引き締めていこう」
「うん!」
 その気合の入った返事を聞き、レスターはマウンドを離れた。
 少しばかりの不安が残っていたが、それを口には出さずに。


「ナイバッチ、ルークス!」
 三塁側ベンチに戻り、皆へ順にハイタッチしていくルークスを、最後に出迎えたのは鬼のような形相で待ち構えている監督ルヴィだった。
「……ちょっと、そこに座りなさい」
「えっ、なんで?」
「いいから、早くお座りなさいな!」
 ルヴィの口調の強さに押されて、ルークスは素早く正座した。そのルークスを見下ろしながら、ルヴィは尋ねる。
「……で、さっきのは何にかしら?」
「え、何って?」
 その質問の意味が分からず、ルークスは首を傾げた。そんなルークスの姿にルヴィの臨界点は突破する。
「惚けないで下さらないかしら! なんでカレル様が三振であなたなんかがホームランなのよ!」
「ええっ!?」
『ベンチで続く意味の分からない説教をよそにドームの興奮はまだ熱を帯びています。そんな中、まるで関心の無いように打席へ立つのは5番セラです。その小さい体ながら秘められたパワーは強大。故に5番。応援する観客からは「ルークスに続け!」と期待する声が聞こえてきます。さあ、セラに対して、第1球!』
「ボオッ!」
 ボールは地面をバウンドして、キャッチャーミットへと収まった。暴投となってもおかしくないボールだったが、レスターの反射神経がそれを防いだ。
『これは大きく外れましたね、ロウワードさん。先ほどのホームランの動揺からでしょうか?』
『そうかもしれんのう。しかし、このまま動揺しているようでは一気に大量得点を許してしまうでしょうな』
 続くインローへと放られた第2球もわずかに外れてボールとなる。その手にしたボールをトワへと返球して座り、打席に立つセラとベンチを観察する。
(……よし。腕は振れている、硬さは残っていないな。打たれた直後だ。そのボールを確認する意味で、届かないところへ1球。コントロール確認のため、際どい所へ1球と投げさせた。2球目は振ってもらいたかったが、そう甘くはないか。現在のカウントはノーツー。今、ベンチからのサインを確認しているけど、打たれた直後のこのタイミングを逃そうとは思わないだろう。カウントを稼ぎに来るならここと判断しているはずだ。なら、これで)
(スライダーをアウトコース高目ギリギリ。……外してもいい、と。よし!)
『このまま崩れてしまうのか! 今、注目の第3投目を投げた! っと、これはストライク! 外角高めギリギリの際どいコースのためか、セラ一歩も動かず見送りました!』
『今のは高速スライダーじゃな。どうやらこのバッテリーは負けん気が強いようじゃ』
「ナイスボール!」
 ボールを返球してレスターは座り、間を置かずにサインを出した。
 そして、トワも投球までの間を置かずに投球モーションへと移る。
『ピッチャー振りかぶって、第4球! っと、それをセラが打ち返した! が、これはアウト! 鋭い当たりでしたが、打球はセンターのグラブの中へ!』
『今のは打たされたといった感じじゃのう。打ったのは高速スライダーじゃな。どうやら本来のキレを取り戻したように見えるのう。気持ちの切り替えが早い。実に良い投手じゃ』
『これでフォルスヴァールズはスリーアウトチェンジとなって1回裏王都学園の攻撃となります。初回を終えて2点。どうみますか、ロウワードさん』
『そうですな。初回に2点を取ったということで気持ちも楽になったはず。しかし、まだ初回。ここで気持ちを緩めすぎてはなりませんぞ』


『1回の裏。王都学園の攻撃は1番ショート、コタロー。背番号6』
『さて、ここはまず同点に追いついておきたいところじゃの。一体どういった攻めを見せるのか楽しみですな』
『さあ、先頭打者コタローが右打席へと入りました。この試合の初打席。どんな勝負を見せてくれるのでしょうか。注目の第1球!』
 セレスはワインドアップポジションからワインドアップモーションへと入った。その右腕から放れたのは渾身のストレート。外角へ伸びるジャイロボールがキャッチャーミット目掛けて唸りを上げ、吸い込まれていく。
 が。
『打ったぁあ! ライト手前へのヒット! コタロー、初球155km/hの豪速球を一塁エドの頭上を超え、ライト手前へと運んだ!』
 沸き起こる歓声の中、コタローは悠々と1塁ベースを踏む。
 その姿をセレスは一瞥して、視線を前へと戻す。同じくカレルもまた、塁上のコタローへと視線を送っていた。
(初対決の場合、初球からはなかなか手が出ないものなんだけど、彼は違ったようだな。それに1番打者ということから、様子を見てくるものだろうという先入観を突いてきたな。初球はストレートでストライクを取って、気持ちよく始めさせたかった。それでいて、様子見のために外角へ投げさせたんだけど、少し欲張りすぎたか)
『初回。それも第1球から155km/hとは驚きですな。それに対するコタローもボールの球威に押される形でのヒットでしたが、ファーストインパクトとして中々のものですな』
 解説のロウワードが言った言葉にセレナがなるほど、と頷く。その横ではゆかりがきゃあきゃあ騒いでいたが、実況と解説のやりとりは問題なく進んでいった。
『2番セカンド藤堂、背番号4』
『さあ、続く打者は藤堂です。応援席からは黄色い声援が飛んでいますね。この声援で藤堂の人気がわかります』
『そうですな。藤堂は両打ちということじゃが、姫が右ということで左打席に入りましたな。さて、どんなバッティングを見せてくるのかのう』
 カレルは打席に立つ藤堂の様子、塁上のコタローの様子を観察し、戦略を練る。
(……さて、だ。打者にバントの構えはなし。1回裏ノーアウト1塁の場面でランナーは1番、か。今後の展開も考えてコタローの足を見ておきたいな)
 出されたサインを確認後、セレスは塁上のコタローと視線を交える。
『セレス、セットポジションから藤堂に対して第1球、投げたぁ!』
「ボォッ!」
 投じた球種は外角高めのストレート。
 しかし、ボールはストライクゾーンから大きく外れてキャッチャーミットに収まった。
『大きく外れましたね。これは失投ですかね? どう思います、ロウワードさん』
『どうでしょうね。一塁にコタローがいる事から盗塁を警戒したウエストボールかもしれませんな』
『確かに考えられますね。そして今、次のボールを投げた! っと、コタロー盗塁! カレル投げるも間に合わずにセーフ!』
 歓声が会場を揺らす。キャッチングから送球モーションへのスムーズな流れを見せての送球。そのボールは逸れることなく渡ったがコタローの足がそれを上回った。
(……まずいな。コタローが俊足であるデータは持っていたけれど、こちらの予想を上回ってきた。これでは彼のシングルヒットは全てツーべスヒットになってしまう)
 見つめる2塁上でコタローは滑り込んだ時に付いた汚れを落としていた。
「コタローくん、足速いねぇ」
 そんなコタローの下へ二塁手のリタが話しかけながら近寄った。
「いえいえ、そんな。でもリタさん、隠し球をしているつもりでしょうが、バレバレですよ」
 そう笑顔で返すコタローの言葉にリタは体をピクッとさせ――
「い、いやだなー。そんなことこれっぽっちも考えていないよ。お姉さんがそんなことするわけないじゃん」
 ――ボールをマウンド上のセレスに返しながら、リタは笑って答えた。
「そうですよね」
「そうだよー、あははっ」
 そんなリタの乾いた笑い声は歓声によって掻き消されていった。
『カウントワンストワンボールからの第3球、投げた! ストライクッ! 藤堂外角低めのSFFを見送って、追い込まれました!』
 藤堂は足元を均し、バットを構えてタイミングを計る。
(それにしてもコタローは、よくこの速球を打てたな)
『さあ、この一投で最初のアウトを取るのか、セレス! 第4球投げた!』
「ファール!」
『内角高めに食い込んできた高速スライダーはファール。藤堂うまくタイミングを合わせてきたようです』
『ですな。今のはタイミングがバッチリ。その証拠にボールは真後ろへと飛んでいきましたぞ』
『さあ、どうなる次のボールが放たれた!』
「ットライク! バッターアウト!」
『見送り三振! 外角低めへの高速スライダーがキャッチャーミットを揺らす! 藤堂、今の球に反応できず!』
『二球連続同じコースへの高速スライダー。キャッチャーの強気なリードが伺えますな』
『確かにあれは投手の球威を信じていないとできませんね』
 振り返ることなく、藤堂は1塁ベンチへ歩いて帰っていく。
(なるほど。あれが決めにきた彼女のスライダーか。決めにくると一段と球威が増すな。とりあえず、今回の役目は果たした。これをレスターに伝えるか)
 藤堂はネクストサークルにて待機していたレスターに得た情報を告げて、ベンチへと入っていた。
 左バッターボックスに入り、構えるレスター。そのレスターへトワたちの声援も観客席からの応援と一緒に飛ぶ。
 みんなの声援を背に受けて立つレスターからは鋭い威圧感が放たれていた。
(……来たな。データから見て、王都側最強打者はレスターで間違いない。それを3番に置いてきたか。厄介だな)
 レスターへ眼をやり、対レスターのリードを組み立てていく。
 そして、リードが決まった。出されたサインにセレスは頷いて答える。
『さあ、レスターへの第1球、投げて――ストライク! 腰あたりに食い込む高速スライダーを打ちにいったレスターでしたが、タイミングが合わずに空振りです!』
『しかし、空振りでしたがレスターのスイングは鋭いキレがありますな』
『そうですね。っと、ボール! 今のは危ない! 続けて投げられたのはレスターの顔を射抜くような高速スライダー! よけなければ、側頭部へのデットボールでしたね』
(危なかったな。あやうく、レスターへデットボールを喰らわすところだった。でも、これでレスターは腰が引けて、突っ込めないはず。ならば――)
 カレルは次の球種とコースのサインを出し、セレスはそれに首を縦に振った。
『どうやら次の球が決まったようです。セレス、セットポジションからモーションに入り、第3球投げた! っと! 鋭い打球が外野へ飛んでいく! 打球は弾丸ライナー! レフトスタンドへ――入ったっあああ! ツーランホームラン! ツーランホームランです! 王都学園、レスターの一振りで同点!』
『今のは見事の一言ですな。姫が投じたのは153km/hの豪速球。それに対して、こうも鮮やかな弾丸ライナーを見せるとは……』
 ダイヤモンドを淡々と回り、1塁ベンチへと戻ったレスターは迎えてくれた仲間たちを見て、先ほどまでの真剣な顔が崩れ、笑顔を見せていた。そんなレスターの後姿にマウンド上のセレスと歩み寄ったカレルが視線を向ける。
「すまない、セレス。俺のリードミスだ。まさか、あの後に攻めた内へのストレートにあれだけのスイングを見せるなんて」
 マウンド上。カレルが新しいボールを渡してセレスへ謝る。
「いいえ、気にすることないわよ。私もまさかあのボールを完璧に打たれるとは思わなかったわ。まあ、今回は彼のほうが上だったというこね。でも、次に当たる時には抑えてみせるわよ」
 セレスは笑顔でカレルの肩をポンとグラブで叩く。
 そしてそれを見て、再び眼を鋭く光らせる少女が1人。
「まあ、また私のカレル様に気安く触るだなんて! 審判、投手交代ですわ! 今度こそ投手交代! というより、退場ですわ!」
 ベンチではマウンド上のやりとりを見て、ルビィ譲が再び騒ぎだした。
 しかしもちろんのこと、審判はその申請を受け入れずに試合は続いていく。
『ベンチで何やら騒いでいるようですが、お気になさらず。さて打席には4番織田が入っています』
『4番ということもあり、先ほどのレスター選手同様、雰囲気に迫力を感じますな。さて、どんなバッティングを見せてくれるのかのう』
 しかし、バッテリーはレスターの一打がなかったような強気の姿勢を見せ、ど真ん中へストレート、外にSFF、またど真ん中へ高速スライダーを決め、空振り三振に取ってみせた。
『ストライク、ストライク、ストライクッ! 見送り、見送りと続いて、最後は空振りにとっての三球三振! バッテリー強気の攻めを見せてきました!』
『先ほどのレスターの一打を感じさせない、いい攻めですな』
 次のタッキーに対してもその姿勢は失われずに外角低めのSFFでセカンドゴロにして、スリーアウト。
『これでスリーアウトチェンジ。1回を終えて、両者2対2と互角の勝負を展開しています。続く2回。一体どういった攻防を見せてくれるのか、楽しみですね』
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