『球宴の夢想』
第2話
『2回表、フォルスヴァールズの攻撃。6番レフト、二ナ』
先頭打者の二ナは初球のシンカーを見送り、続く低めに来たナックルカーブを打つもセンターのグラブの中へ。
その後、エドは外角高めのストレートをショートゴロ、レイルは低めに来たストレートをセンターに打ち上げ、センターフライとした。
『アウト、アウト、アウトー! スリーアウト、チェンジ! トワ、この回を三者凡退で抑えました!』
『どうやら初回の失点が尾を引いていないようじゃな』
『そのようですね。しかもこの回たった4球、たった4球の省エネピッチング! まさに見事としか言いようがありません! 王都学園、この裏、勢いに乗って追加点を取れるか!』
「ナイスピッチ」
「レスターのリードのおかげだよ」
ベンチに下がりながら、トワとレスターはグラブでハイタッチ。反対側のベンチではその光景をレイルが悔しそうに見ていた。
「ああっ、くそっ! 微妙なところに投げやがって!」
「ほら、グラブ。お前、あの一瞬躊躇していたろ? それじゃあ、打てねえぜ」
「っせえな、グレイは!」
「団長と呼べ、団長と」
頭から湯気を出しながら怒るレイルにグレイは笑って話しかけていた。
「ットラーイ! バッターアウトッ!」
審判のジャッジに観客は沸き、ドームが揺れる。
『二者連続! セレス、東條、青葉と二者連続で三振に取り、王都学園を勢いに乗せません!』
『どうやらセレスも初回の失点を引き摺っていないようですな』
『続いて、8番あかね。ここを抑えて、3回の攻撃に弾みをつけるか!』
場面はツーアウトランナーなし。塁上にランナーのいないセレスは、ワインドアップポジションからワインドアップモーションの動作へと入っていく。
その右腕から繰り出されるのはジャイロボール。詳しい分類分けをすれば、セレスのジャイロはフォーシームジャイロ、または対照ジャイロと呼ばれている球種である。通常のストレートと比べ、空気抵抗が少ないためにリリースから捕球するまでの球速差が非常に少ない。
そのジャイロボールが唸りをあげ、内角低めへ「ズドン!」といい音を鳴らして収まった。
「えっ、ボールが……浮いた?」
あかねは不思議そうな顔でボールの収まったミットを見た。
それもそうだろう。ボール球に見えていた球がストライクゾーンへと吸い込まれていったのだから。
ストレートとの軌道の差異、空気抵抗の少なさから打者の予測より早くホームペース上に到着するために、打者にはボールがホップしているような錯覚を与える。
が、あくまでそれは錯覚であり、実際は揚力が働かず、ホップなどせずに落ちるボールなのだ。
『球速は150km/hのストレート! ストレートは初回の1球目から全て150km/h台に乗せてきています。セレス、投球リズムに乗って、テンポのいいピッチングを見せていますね』
『カレルのリードのおかげじゃ。姫の特徴を掴み、彼女にとって気持ちのいい投球をさせているからのう。ただ――』
キィン!
『――コントロールが甘い、ですな』
『っと、あかね、ライト前へポテンヒット! ファースト、ライト共に届かない絶妙な場所へとボールが落ちました!』
『今のもコントロールが甘かった結果じゃな。カレルが構えたのは外角低め。しかし、姫の投げたボールはど真ん中。スピードは乗っているようだが、コントロールはそうはいっていないようじゃ』
そのロウワードの指摘は正しかった。続くトワに投じた内角低めに外すはずだったストレートは甘く入り、センター前ヒット。
コタローに対しても低めに決めるはずのボールが打ちごろのコースへ入り、ライト前へタイムリーヒットと連続ヒットを許した。
「わぁい、コタローくんが私を還してくれたよぅ。これも愛がなせる技だねぇ!」
ホームベース付近であかねは一人喜びながら、1塁ベース上のコタローへ大きく手を振った。
けれど、そんなあかねの姿などコタローの目には収まっていない。その目にはベンチに座る想い人――青葉瑞希の姿のみが収まっていた。
(青葉先輩、見ていてくれましたか!)
そんな気持ちを込めて、ベンチへガッツポーズ。そのコタローへ「ナイバッチ!」と言うチームメイトの中に瑞希の姿を見ては、コタローはこれでもかと顔を緩ましていた。
「がはっ!?」
そんなコタローへ天誅と言わんばかりの衝撃が脳天を突き抜けた。
弾丸と化して飛んできたバットが側頭部へ直撃したのだから当然だろう。
「コタローくんのバカ!」
横へ倒れたコタローの視界には怒ってベンチへ引き上げていくあかねの姿が映っていた。
そんな状態にあるにもかかわらず、1塁ベースから足を離さなかったのはさすがといえよう。
『試合中にバットをランナーに投げないで下さいね』
『ちょっとなんなのよ、あの女は! 私のコタローに暴力を振るって! 待っていてね、コタロー! 今、私が介抱してあげる!』
ゆかりは実況席を飛び出し、コタローの元へ向かう。
しかし、これ以上進行の妨げになったら困るとスタッフに宥められ、実況席のゲスト席へと戻ってきた。その両手に大量のお菓子を抱えて。
『えー、多少の混乱がありましたが、試合は続きます。場面はツーアウトランナー1、3塁。なおもチャンスの場面が続いております』
左バッターボックスには第1打席三振の藤堂。
相変わらず黄色い声援が一際大きい。
(バッテリーはこの回、ストレート主体での攻めで打たれても強気の姿勢でいる。なら、ここも――)
「ボオッ!」
内角低めに来たストレートはわずかにストライクゾーン下。
続く外角低めに来たボールもストレートだった。
(やはりボクに対してもストレート主体か。この捕手はあくまでも投手の球威を信じている。でも――)
『打ったー! 打球は伸びて、レフトフェンス直撃の長打!』
(――単調すぎないか?)
『トワ、ホームベースを踏み、1点追加! おっと、1塁ランナーコタローが2塁ベースを踏んで止まらず、3塁ベースを狙って走る走る!』
「戻れ、コタロー!」
三塁目指して快足を飛ばすコタローに藤堂は「戻れ!」と声を張って叫んだ。
「ええっ!?」
その声に気がついたコタローは外野に視線を送り、驚きの声を上げる。
すでにボールはレフトにいた二ナの手に収まり、送球モーションへと入っていたからだ。
ニナから放られたボールは一直線にルークス目掛けて高速飛行。コタローは急ブレーキして、方向転換。2塁へと慌てて戻り始めた。
『3塁でコタローを刺そうと二ナの送球がルークスを目指す! が、これは高い! 暴投か!』
セレナが言うようにボールはコースは合っているものの捕るにしては高い位置を通っている。
それを見て、暴投だと判断したコタローは再び三塁、もしくはそのままホームベースへと突っ込む勢いで走り出す。
けれど、コタローは計算に入れていなかった。
ルークスの身体能力を。
「せーの、ふっ!」
『おおっと、ここでジャンプ一番! ルークス、その長身を生かして高く逸れたボールを空中でキャッチ! 今、着地して2塁に慌てて戻ろうとするコタローへタッチ、アウト! これでスリーアウトチェンジだ!』
「……なるほど、そっちだったか」
藤堂は打席に立った時、外野の位置を確認していた。
その時点では二ナの立ち位置は定位置よりも前寄りでセンターは定位置。ライトは完璧に打たれた場合の長打を警戒してか、やや後ろ寄りだった。
その中で藤堂が注目したのはレフトである。
このシフトはセレスの球威を信じて用意されたシフトであると考えた。レフトが前寄りなのは流した場合、力に負けて飛距離が落ちるからだと判断してのことだと。
そこで藤堂はその考えに乗ることにした。
もちろん、黙ってその通りになるつもりはさらさらない。分かった上で、そのシフトを破ってやろうとして挑んだ。
その結果がレフト頭上を越してのタイムリーヒット。
そして1、3塁とチャンスはまだまだ続く場面となるはずだった。
けれど実際は対処がすぐに取られてコタローはアウトとなり、チャンスは終わった。
(ボクが打撃モーションに入った時に深めへ動くような指示が出ていた、ということか。そしてボクの打球をアウトにして3塁にいた神崎さんのタッチアップを二ナさんの強肩で刺そうと)
「だけど、そうそう上手くはいかなかった。藤堂は俺の考えを上回る打撃を見せた。セレスのストレートを流してフェンス直撃させるとは予想以上だったよ」
「でも最悪の場面は回避できたわ。あそこでチャンスを与えていたら、次の打者はレスターだしね」
「姫様の言う通り! それよりも次の回、打って打って逆転することを考えようよ、カレル!」
後ろから走って現われたリタは、ポンとカレルの肩を叩いてそのままベンチへと入っていた。なんだか底抜けに明るいリタを見て、2人はその明るさを分けてもらった気になって笑いあった。
そんなカレルの視界の端にグレイの姿が映り、
「グレイさん。さっきはカバーをありがとうございました」
ベンチ前でカレルはバッティング準備をしているグレイへと礼を述べた。
「ん? ああっ何、俺は突っ立っていただけだ」
「なんだなんだ、また何かしでかしたのかよ、グレイは?」
その会話にセンターから戻ってきたレイルが加わった。
「団長と呼べ、団長と」
そして、その横。
カレルの肩を叩いたリタは「メイドの分際で――」とルヴィの的となっていた。
一塁側ベンチ。
「コタロー、なぜ3塁へ走ったんだい?」
藤堂はベンチに戻ってきたコタローに先程抱いた疑問について尋ねた。
「藤堂先輩の打球がレフトフェンス直撃したので走ったんですが……まさか、二ナさんがもう送球モーションに入っているとは思いませんでしたよ」
藤堂はその返答に引っ掛かりを覚えた。コタローがニナの返球に気がつかなかったことに、だ。
「藤堂先輩の声を聞いて、初めて気が付いたんですよ。2塁を踏んだ時、外野を見たんですが、ちょうどグレイさんと被って見えない時があったんです。でも、気にしていたら3塁へ間に合わないと思ってそのまま走ったんですが……軽率すぎましたね、すみません」
「いや、そんなことはないさ」
(なるほど、そういうことか。あのグレイという人もなかなかだね)
『2回裏王都学園が2点を追加して、4対2としました。次の3回、フォルスヴァールズはこの点差を埋めることができるのか! それとも王都学園が突き放しにかかるのか楽しみですね』
Copyright (c) 2007 Signal All rights reserved.