『球宴の夢想』
第3話
『3回表、フォルスヴァールズの攻撃。9番セカンド、リタ』
「ようし、リタさんがいっちょナイスバッティングというものをみせてあげるからね!」
リタはバットを元気よくブンブン振り回してバッターボックスへと向かっていった。
そして「さあ、こい!」と声を張り上げ、バットを構えてトワを見据える。
「私にはあれで打てるようには見えんのだが」
そんなリタの様子を見て、ベンチから二ナがあきれて言った。
対するトワの眼はレスターの出すサインを待っている。レスターはリタの立ち位置と構えなどを参考にサインを出す。
そしてサインの確認を終え、トワは投球フォームに入った。
「ットラーイク!」
「……あれっ?」
ストライクゾーンギリギリの外角低めへ高速スライダーが決まった。リタのバットはこれでもかというほど上を振っていて、当たる様子が見られない。
「やはり、あの高速スライダーが厄介だな。そして、それを狙った場所へ決めてくるコントロールも」
「そうね。ねえ、ルークス。あなたは、あれをどうやって打ったの? 何かクセがあったとか?」
前のベンチでトワの投球を見ながら話していたカレルとセレスが後ろにいるルークスに質問するために振り向くと、
「いいかしら? なんであなたが目立つの? あんな派手なの打ったらカレル様が目立たないじゃないの! いい、あなたはカレル様を目立たせる為の脇役なのよ? なんであなたが目立つのよ!」
意味のわからないことでルヴィの説教が続いていた。
『っと、惜しくもボール! 続いて投げられたナックルカーブはわずかに外れ、ボールでした。さあ、カウントはワンストワンボールとなって、第3球!』
「あっ」
『ボールは打ち上がった! が、これは微妙な位置に落ちそうです! センター走る走る! しかーし、間に合わず! リタ、絶妙な場所へのポテンヒットを決めた!』
「……ま、まあ、こんなもんだよ! どう、見た? リタさんのナイスバッティングを! これぞ必殺二遊間地獄だよ!」
「やれやれ」
塁上で得意げに言うリタをベンチでは二ナがため息をついたが、微かに嬉しそうな顔が覗けた。なんだかんだいってリタの喜ぶ姿を見るのは悪くない、と思っているのだろう。
そんなガッツポーズするリタを見て、グレイは笑い声を漏らしていた。
「いやいや、なかなかのバッティングだったぜ。なあ、坊主? さて、一打席目の借りを返させてもらうとするか」
視線を合わせることなく、レスターに言い放ち、ゆっくりとした、けれど、どこか隙の見えない構えでバッターボックスに立つ。
そしてコーチボックスから飛ぶターシャの声に合わせて、リタがじりじりとベースから距離を取っている。レスターの視線はそんなリタへ向けられていた。
(塁上は9番。でも足があるランナーだ。盗塁の可能性も捨てられ――)
そこでレスターの思考が一旦停止。塁上のリタと視線交差。視線に気がついたリタはふっふん、と不敵な笑みを浮かべてみせた。これから走ると言わんばかりに。
(――るな。盗塁はない)
思考再開。
その笑みを見てレスターは盗塁はないと判断し、「バッター集中で」とサインを出す。
そのサインを確認して、セットポジション。
「リーリーリー」のリズムに合わせて動くリタを――
「うっ」
――トワは眼で制して投じた初球。
「あっ」
トワの気迫により動きを封じられていたリタの視線はボールの行方を追ってレフトスタンドへ行った。
『は、入ったぁ! グレイのツーラン同点弾! 呆けるリタを促して2人順々にホームイン!』
ホームインを確認したレスターはマウンドに寄ろうとしたが、マウンドのトワに止められた。
ジェスチャーで汗で滑ったとやっている。打たれたショックは多少あるだろうが、気持ちが切れた様子はない。
それが分かったレスターはマウンドに寄らず、同じくジェスチャーでロージンバッグ、と伝えた。
トワはプレート後方にあるロージンバッグを拾って右手に付けて「もう大丈夫」とその手をレスターへ見せる。
確認して座るレスターは深呼吸して現状を再確認。
それからレスターはルークスの前にランナーを出さないように改めて配球を練り直す。
そして、その配球は上手く決まる。
カレルを外角低めに投じたナックルカーブでセカンドゴロ。
セレスをツーエンドツーから同じく外角低めに投じたナックルカーブでセンターフライ。
レスターの計画通りに事が運び、ルークス前にランナーを貯めずに迎えることとなった。
そして、
『4番サード、ルークス』
その名が告げられたとき、応援席からの声援が一段と大きくなった。
それはルークスへ向けられた期待の表れ。ネクストサークルでのバットスイングによって起こる轟音が会場の盛り上がりをさらに高める。
そして皆の目に未だ焼きついて離れない特大ホームランを期待させた。打席で構えるそれはとても大きく、実際の身長以上に見える。それが強打者が纏う威圧感、圧倒的な存在感だろうか。
『ボール、ボール、ボール! 3球連続でボール! わずかに外れるボールが続いたわけですが、フォルスヴァール応援席の一部からブーイングが飛んでいますね』
『ツーアウトランナーなし。チェンジまでワンナウトでいいのだから、勝負するなら本塁打を打たれたルークスよりもセラで勝負しようというふうに読んでのブーイングなのじゃろう』
けれど、実際は違う。ルークスに対して徹底的なストライクゾーンギリギリを攻めた結果のスリーボール。
トワもレスターもルークスから逃げるつもりなどさらさらない。
もちろん、対峙するルークスにもそれは伝わってきている。
だからこそ臨戦態勢を解くことなく気持ちを前に出して構える。そんなルークスに対して投げられた第4球は外角低めにシンカーが決まる。
続く第5球の高速スライダーも外角高目に決まった。
『カウント、ツーエンドスリー! 初対決はルークスに軍配。さあ、今回はどうなる? トワ、大きく振りかぶって投げた!』
外角高目に襲い掛かるボール目掛けてフルスイング。
しかし、ボールはその後方。ボールをバットが捉えることなく、ミットの中に気持ちのいい音を立てて収まった。
「トライ、アウト!」
審判のコールで、大きな歓声と溜息が混ざり合う。
マウンド上のトワも小さくガッツポーズしてからマウンドを離れた。
そのトワをルークスは眼で追う。次は打つと視線に強い意志を込めて。
『トワ、見事奪三振! グレイに同点弾を打たれるも崩れることなく、後続を見事3人で抑えました! 続く3回裏。追いつかれた王都は再び突き放すことが出来るでしょうか!』
『3回裏、王都学園の攻撃。3番キャッチャー、レスター』
その声援はルークスに負けず劣らず。声援の雨を浴びながらレスターは打席へと立った。
『ここでバッターはレスター。2打席目となります。1打席目はセレス渾身のストレートを完璧に捉えて鋭い弾丸同点弾。この打席、どういったバッティングを見せてくれるのか!』
(……自然だ、すごく)
レスターの構えを見て、カレルはそんな感想を抱いた。
(さっきの打席もそうだった。どこにも力が入っていない自然な構え。これならどんなコースもすんなりとバットを振ってきそうだな)
それでも投げないわけにはいかない。レスターをアウトにするまでの配球を組み立てていく。
そして決まった第1球目のサインをセレスへと出した。それに従い、セレスは全力で投じる。
『セレス、投げました。内角高目いっぱいストライク! レスター、SFFを空振りました』
体勢を整えて再び構えるレスターを見て、構えが変わらず自然体であるのを確認して第2球を要求する。
けれど球は要求どおり来ず、外れてボールとした。同じく第3球目も要求どおりのコースには来なかった。
だが内角低めに来たストレートをレスターが見送り、結果としてストライクカウントを稼ぐこととなる。
そして、ツーエンドワンから投げられた第4球目。
『打ったぁ! レスターの鋭い当たりがショート頭上を――』
セレナの実況はそこでいったん途切れた。抜けたと思われた当たりをグレイがジャンプ一番で防いだのだった。
『――抜けない! グレイが2塁打となる弾丸ライナーを防いだ! グレイ、ファインプレー!』
グレイのファインプレーに会場は沸く。
そしてそのプレーに応えようとセレスは続く打者達を抑えるべく投げるのであった。
だが。
『ボールは中継、東條再度突き放すタイムリーヒット!』
塁上で東條が「しゃあ!」とガッツポーズ。それに併せて王都学園応援席が盛り上がりをみせた。
バッテリーはレスターを抑えた後、織田、タッキー、東條の3者連続ヒットを許してしまった。
そしてなお、ワンナウト1、3塁とピンチが続いている。
だが連打を浴びようともセレスの精神が切れることはなかった。
『ワンストライク、ツーストライク、スリーストライク、アウト! セレス、三球三振! 青葉を三球三振に取った!』
弱まるどころか、むしろ闘志が溢れているようだった。そんな強い気持ちを込めて投げた外角低目のSFFが続くあかねをセカンドゴロにさせた。
『スリーアウトチェンジ! 王都学園2者残塁として追加点を取ることが出来ませんでした! しかし、東條のタイムリーヒットで再び突き放した王都学園! フォルスヴァールズは次の回で追いつくことが出来るのか? それとも、王都学園がさらに突き放すのか!』
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