『球宴の夢想』

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  第6話  

『王都学園、選手の交代をお知らせします。ピッチャートワに代わりまして、サードの織田が入り、ピッチャー。サードの織田に代わりまして、ピッチャートワが入り、サード。4番ピッチャー織田。9番サードトワになります』
「やはり王都は代えてきたわね、カレル」
「ああ。トワは限界に来ていたからね」
 3塁側ベンチ。カレルとセレスは織田の投球を並んで見ながら会話をしていた。
「でもトワは下げなかったようね」
「向こうはこちらと違って控えが翠川一人しかいない。もしもの場合もあるからね」
「なあなあ、俺の時だけワンポイントで出てくるとかねえかな?」
 2人の座るベンチの背もたれに体を預けながら、ルークスは話に加わる。その双眸をグラウンドに立つトワへ向けたまま。
 その問いにカレルは悪い癖だぞ、と付け加えて即答で返す。
「ないな。ルークス、彼女との対戦だけに固執するな。優先するのはチームの勝利だ」
 ルークスはわかっている、と笑って返した。
 対戦成績は3打数2安打3打点1本塁打1三振。成績を見てもルークス対トワの対決はルークスに軍配が上がったといえる。
 しかし、ルークスはそれに満足していなかった。最後の打席で放られた一球。完全に捉えたと思ったそれはルークスの予想を超えるものだったからだ。
(あれをバシッと打てなかったのはすげえ悔しい。すげえ悔しいけど、対峙する度にコロコロと表情を変えてくるトワとの戦いはすげえ面白かったし、すげえ楽しかったなぁ。またやりたいぜ。まあ、だけど――)
「ボォッ!」
(――次のコイツも面白そうだし、今はコイツとの戦いを楽しむとするか)
 ルークスが織田へ視線を送るように、打席上の二ナも双眸を織田へ向けてバッドを構えて思考を巡らす。
(……やはり、データ通り速いな。セレス様と変わらぬ球威だ)
『カウント、ノーワン。織田。二ナに対して、第2球、投げた! ファール! ボールはバックネットへ突き刺さる! これはタイミングバッチリといったところでしょうか!』
(だが、だからこそトワより打ちやすい。それは他の者も同じはず。今のでタイミングも十分だ。次で――)
『織田。ワンエンドワンから第3球――』
 捉えた。
 バッドを振った瞬間にそう感じたニナであったが、結果はファール。三塁側へと切れる振り遅れであった。
 二ナは自身がミートを得意とする打者でないことは心得ていたが、振り遅れたことに少なからず動揺を見せる。
 変化球の対応こそ遅れを取るものの、速球に関しての準備はセレスとの打撃練習で万全としていたからだ。
 だからこそ垣間見れた二ナの小さな動揺。その瞬間を突くように二ナへ第4球が投げられてきた。
 二ナにとって不意を突かれた形で投じられたその球への反応は当然遅れを取った。
 だが、投げられた変化球はストライクゾーンを外れてボールとなる。
 そこで一呼吸を置いて気持ちを持ち直そうとした二ナは手で制し、足場を均して構え直した。
『織田。第4球をボールとして、ツーエンドツーからの第5球、投げた!』
 だが結果に変わりはなかった。
 二ナに投じられたそれは、二ナのスイングより速くミットに収まり、ドームにはバットの空を切る音が響いたのであった。
「確かにニナは速球に強いだろうけど、今の打席はストレートに絞っているのがニナの打撃姿勢から向こうに伝わってしまっていた。だから、向こうはストレートを投げる前や間に変化球を投げて、ストレート以外の球種を二ナに植えつけている。そして何より同じジャイロボールといってもジャイロ回転は同じ変化や軌道であることが少ない。ましてや、投げ手が違えばさらにね。そして向こうはストレート狙いなのを分かっていながら、ストレート主体できた。二ナの気持ちを折るために」
 カレルのいつもと変わらぬ声はセレスへ、鋭い双眸はグラウンド上でマスクに顔を包むレスターの双眸へ向けられた。
「やってくれるよ。本当に」
 レスターはその視線に気づきながらも、それを流して織田に返球する。
 ボールを受け取った織田は握りを確認しながら次の打者を待った。
『7番ファースト、エド。背番号3』
 そのコールにフォルスヴァールズ応援席は沸き、エドコールが起きる。
 打つことを期待されたその男は黙して語らず。口は横一文字に結んだまま、ただ打つことのみに力を注いでいく。
 しかし言葉に出さずとも期待に応えようとするエドの気持ちは力みとなって体に現れていった。そのエドの打撃姿勢をレスターは静かに観察する。
 力めば力むほどグリップを握る手には必要以上の力が加わり、他の筋肉の働きは阻まれていく。それによりエドはスムーズなスイングをすることができなくなり、スイングの始動が遅れることとなる。それは織田の投球に対応する間隔を大きく減らすこととなり、レスターに余計な球を投げさせる必要はないと判断を下されて、エドは敢無く三球三振で仕留められる。
 そして、その二者連続奪三振に王都学園側応援席は盛り上がりをみせた。
 が、それはすぐに納まりをみせ、不安へ姿を変えた。
『ボール! ボール! 織田、二者連続奪三振の後、制球が定まらずに連続四球! 8番レイル、9番リタの俊足コンビを塁に出して、ツーアウト1、2塁としました』
 そして、そのチャンスに登場した前打席で本塁打を放ったグレイへフォルスヴァール応援席から期待の声援が飛ぶ。
 声援を受けるバッターボックス上のグレイをネクストサークルからカレルが静かに観察する。
 その様子は今までの打席と変わらず、レスターへ笑って話しかけているがどうやら聞き流されているようだ。織田からの鋭い視線と威圧感を受け流しながら、聞き流されたことにやれやれと肩を落としている。
 その姿を見てカレルはさすがグレイさんだ、と微笑を浮かべて感心すると共にその視線はグレイから織田へ移して様子を伺う。
 だがその表情からは連続四球による苛立ちや動揺を判断することができない。
 しかし、織田の内に潜む闘志はその投球姿勢から見ることが出来た。
『織田。グレイに対して、ワインドアップから第1球――決まった、ストライク! その間に走者はそれぞれ進塁して、ツーアウト2、3塁としました!』
 セットポジションは投球モーションを起こしても牽制球を投げるのかホームに投げるのか、足の上げ方の微妙な角度の違いを見分けなければならないため、ランナーは盗塁がしにくい。
 それに対してワインドアップはモーションを起こした瞬間にホームへ投げることが分かるため、モーションを起こした瞬間に走ることができてランナーは盗塁がしやすいのだ。
 そのため投手はランナーがいる場合、セットポジションで投げることが多い。
 だが織田はあえてワインドアップからの投球を選択した。ツーアウトとはいえ、ランナーを1、2塁に背負っていた上に打者はグレイだ。確実にアウトを取るために、落ち着いて自分の流れを作りやすくするための選択がワインドアップであった。
 そしてそれは見事に功を奏する結果となる。
「ストライク、バッターアウト! スリーアウトチェンジ!」
『織田は連続四球の後をきっちり奪三振で締めてスリーアウトチェンジ! フォルスヴァールズは連続四球と盗塁で2、3塁にするもこの回、無得点で終わりました! さあ、6回裏。今度は王都学園の攻撃です! 一体、どういった展開を見せてくれるのでしょうか!』


『1番ショート、コタロー。背番号6』
 打順は一巡して再び先頭打者のコタローを迎えることとなった。
 カレルはコタローを観察して、さてどうしたものかと考えを巡らせていく。これまでの3打席、上手くボールを運ばれてヒットを許してしまっている。選球眼もあり、ストライクとボールの見極めが良い。だからこそ際どい球も臆することなく見送ってくる厄介な打者だ。
 そしてその厄介な打者はボール球をしっかりと見送り、ストライクゾーンに入ってきたボールはカットしていき、ファールにして粘っていく。
 その結果、コタローは四球を選んで出塁していった。
(……コタローに10球か。粘られて球数を使わせてしまったな。ここで点を取られたら苦しくなる。何か策を考えないと)
『2番セカンド、藤堂。背番号4』
 相変わらずの黄色い声援を受けて打席に立った藤堂は余計な素振りをせず、バントの構えを取る。
 ここは間違いなく送ってくるな、と考えたカレルはセレスにバント処理の指示を出す。
 だが、すぐにバントは行われなかった。
 セレスを疲れさせるためか、投球後にセレスがバント処理に動くと藤堂はバットを引くという行動を繰り返して、カウントはワンエンドツーとなった。
 そして第4球目。ストライクを取りに行ったストレートに藤堂はバントを行い、勢いを殺されたボールはグラウンドをゆっくりと転がっていく。
 それに対して、急いで処理を行ったところで2塁へ走るコタローをアウトに出来ないと判断したセレスは1塁にゆっくり走る藤堂を一瞥してから、暴投などなく確実にアウトを取るためにしっかりとエドを見定めて、ボールを放った。そのボールはブレることなく、エドのファーストミットに収まって藤堂をアウトにする。送りバントは成功して、これでワンナウト2塁。
 誰もがそう思った時、カレルの声がグラウンドに響いた。
「エドさん、サード!」
 その声に振り向いたエドはカレルの指し示す方向に眼をやって驚く。コタローは2塁に留まらずに、その疾走を緩めることなく、更なる加速をみせてサードへ進塁を試みていた。
 カレルからの声でそれに気がついたエドは素早く3塁に送球したが間に合わず、その双眸は3塁ベースに立つコタローの姿を映すことになった。
(ランエンドバントか。これでワンナウト3塁。迎える打者はレスター。最悪の場面だな)
 その気持ちを表に見せず、カレルは視線だけでレスターを出迎える。レスターは急ぐでもなく、ゆっくりと打席に入り、バットを構えた。
(……スクイズはないか? いや、完全に無視するわけにもいかない。3番といえど、ここは送ってくる可能性を捨ててはいけない。だが、どうだろうか――)
 考えは常に巡らせながらも、動かなくては始まらないと初球を外角低めにスライダーを放らせる。そこから読み取れたものはスクイズの可能性をより低めるものだった。
 レスターのモーションはスクイズのそれではなく、打つためにリズムを合わせるそれであったからだ。
(スクイズの線は薄いな。だが念のため、スクイズ警戒のサインを送っておこう。さて、打つ気ならどうやってこのレスターを抑えていこうか)
 カレルは今までの対戦打席、現在の展開などからレスターに対する配球を組み立てていった。
 第2球は内角高目を厳しく突いた高速スライダー。続く3球目は外角低めにSFFと打者が最も打ちにくいコースへと投げ分けていく。
 レスターを王都学園側最強の打者と踏まえ、このピンチを乗り切るために考えて臨んだ配球。
 だが、その組み立ては無残にもレスターの一振りにて一蹴させられる。
『っと、フェンス直撃! レスター、右中間を貫く強烈な一打を放って2塁――いや、止まらずに3塁を狙う! レイル、ルークス目掛けて返球! ボールは逸れずにルークスの手に! しかし間に合わない! レスター、俊足を生かしてタイムリースリーベースを決めてきたぁ!』
 ドームは割れんばかりの歓声に包まれ、レスターへ祝福の雨が降り注ぐ。
 その中に突き刺さる強い視線を感じたレスターは送り主であるセレスと視線を交わす。
 セレスから送られたのは強者と出会えたことを喜ぶような、でも次は負けないという気概を込めた視線。そして受けたレスターも同様の視線を返す。
 だが、それも刹那。両者は再び戦闘態勢のソレへと切り替える。
『4番ピッチャー、織田。背番号5』
 カレルは静かに座って織田の観察に移る。その顔にはレスターに打たれたショックは微塵もなくなっていた。すでにカレルの中では気持ちの切り替えが終わっているようだった。それをマウンド上のセレスは確認して、気を引き締めねばと気持ちを切り替えて集中力を高めていく。バッテリーは気持ちの切り替えを終えて、意識をバッターボックスに立つ織田へ向ける。例え、今日2タコとはいえ4番である。未だに続くワンアウト3塁という場面で気を緩めていい道理はない。だが今のセレスに気を抜くなという言葉は必要なかった。ヒットだけでなく、外野への犠牲フライでも点数を与えてしまうこの窮地の場面が、レスターという強者との対決で得た高揚感が乗っかったセレスのボールは織田との力勝負を競り勝たせた。ボールは高く打ち上げられ、浅いセンターフライに導かれる。その打球を目で追いながら、これならタッチアップのスタートは切れないだろうとカレルは読む。
 だがカレルは3塁上のレスターが捕球タイミングを見定めていることに気がつく。嫌な予感がしたカレルはすぐさまレイルへバックホームの指示を飛ばした。その声を聞いたレイルは捕球後すぐにバックホーム出来る体勢を保ちながら捕球して送球モーションへ移る。しかしホームへボールが届いた時には、すでにレスターがホームベースを踏んだ後だった。これにより王都学園はさらに1点追加する結果となり、フォルスヴァールズをさらに突き放したのであった。
 そしてマウンド上。セレスとカレルの会話が行われていた。
「まったくコタローだけじゃなく、レスターもか。データで分かっていたとはいえ、2人ともなんて足をしているんだ。恐れ入るよ」
「本当に。厄介ね、あの足は」
「そして、これで3点差か。まだ3回あるとはいえ、織田から取るのも厄介なものだな」
「そうね。これ以上厄介にしないためにもこの回、これ以上取られないようにしないと」
「ああ、そうだね。さあ、後続を抑えていくよ」
「ええ」
 この場面で気持ちを落として良い結果が出ないと2人は理解している。だからこそ、いつも通りの感じで話を進めていった。その中で現在までの過程を見直して、今後に生かすための話し合いをとりあえず簡単に済ませて、この場をお開きとした。
 そして続くタッキー、東条に出塁を許してしまうが青葉を抑えて、更なる追加点を与えずに6回裏を終わらせたのであった。
『スリーアウトチェンジ! 王都学園2者残塁するも2点を追加! これにより8対5とフォルスヴァールズを引き離しました! さぁ、次はラッキーセブン! フォルスヴァールズは追いつき、さらに追い抜くことが出来るのか!』
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