『球宴の夢想』

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  第8話  

「ストライク!」
 バットは空を切り、エドは主審のコールを背に感じた。カウントはツーエンドスリーでフルカウント。
 これでファールでもない限り、次の1球で決着がつく。
 だからこそ、エドの中で判断にそれまで以上の揺らぎが生まれる。
 織田の投球に対して自身の対応が追いつかない。ならば相手が外して四球になる可能性に賭けてみるのもアリだ。
 だが運命を相手に委ねる消極的な方法でいいのだろうか、と胸中にて想いがぶつかりあう。
 しかし、その迷いこそが害となって投じられた球への反応を遅らせた。
 結果、中途半端なスイングで織田の投球に対応できず三振に倒れる。
 そこにエドは後悔を抱く。
 けれど、それも刹那。気持ちをすぐに切り替える。後悔するのは試合が終わってからだ、と。
 今はそれを引きずり、後のプレーに響かせる訳にはいかない。失敗を反省して、これ以降に生かす。
 その決意を胸に抱き、エドはベンチに戻っていく。
 会場には次の打者であるレイルのコールが響いた。そのレイルと対面してエドは情報を引き継ぐ。
 言うべきことに頑張れ、の一言だけを付け加え、エドはベンチへ下がっていった。そこに、それ以上の言葉はない。
 けれど、それは時間がない以上に両者の間に不要であっただけの話。レイルから叱咤激励がなかったのはエドの態度に必要を感じなかったから。
 すでに自己解決して決意を込めた目をする男へ何を言えというのだ。
 それよりもレイルは自分の打席に集中力を高めていく。人をとやかく言えるような結果を残していない自分もまた、ごちゃごちゃと頭の中で考えてこんがらがっていた。
 けれど打席に入って余計なことを考えた結果がアレだ。危うく同じ轍を踏むところを助けてもらったエドに感謝の気持ちを抱き、レイルは今打席の方針を決めた。
 それはセーフティーバント狙い。その絶対ルールを胸に打席へ立った。
 双眸は織田を捉え、睨み付ける。オレは負けねえ、と強い意思を飛ばして。
 その意思を受け、織田も視線を返して一歩も退かない態度を見せた。
 織田から放たれる強い圧力をジリジリと肌に感じ、けれどレイルもまた退かないでぶつかっていく。
「さ、来いっ!」
 それを気合一声、織田へ飛ばす。織田は、その声へ応えるように初球を投じた。
 コールはボール。ストライクゾーンインコース高目をさらに外側へ外れてミットに収まる。
 決してぶつかる様な危険球ではなかったがレイルはそれを威嚇として受け取った。
 球の凄さに中てて、体を後ろへ退かせようとするように。
 しかしレイルは退かない。そして眼で訴えかけた。そんな威嚇ごときで退くような小心者と一緒にするな、と。
 けれど織田はそんな意思を無視するようにストライクゾーンインコース低めをさらに外側へ外れた所へボールを通す。
 上半身に続き、下半身を退かせるように。
「……」
 レイルは黙って双眸を向ける。自分の訴えに応えず、あくまでも小心者扱いするのか、と。
 それこそが相手の狙いだとは気づかずに。
 そして、3球目が投じられた。コースは外角低目。体が退けていたら届かない場所へ。
 そこにレイルの沸点は突破した。長打一撃を放つ為に思いっきり振るうもバットは空を切る。
「だぁ、ちっくしょ!」
 バットでグラウンドを叩き、その怒りを外へ吐き出そうとした。
 けれど、それは晴れない。変わらずに自分の中で暴れまわる。
「レイル」
 と、そこに一声、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
 それは別段、大きな声ではない。会場から飛ぶ声援に消えそうなほど小さかった。
 けれどレイルの耳には、すんなりと入ってくる。怒りに身を置き、声援さえもわからなくなっている中にいたにもかかわらず。
 その声を、今まで多くの救いをくれた声を聞き間違えるはずがない。
 振り返ると、グレイがまっすぐこちらへ双眸を向けていた。
 目が合って、でも言葉はない。レイルの目を見ている。ただ、それだけ。
 でも、それで十分だった。
 打席を外れ、大きく深呼吸。1回、2回、3回、と繰り返す。息を吸い、息を吐く。
 それからバットを数回振ってリズムを取り直し、再び打席へと入った。
 レイルはあっぶねえ、とあまりにも簡単な挑発に乗った自分を振り返って思う。あのままでは完全に相手の手の上で動く失態ではないか、と。
 それをグレイに助けられたのは釈然としないが、礼ぐらいは言おう。心の中で。
(サンキューな、団長)
 レイルは足場を調えてバットを構える。そこに先ほどまで挑発に乗っていたレイルの姿はない。
「ボォッ!」
 続く4球目。内角低目を外れたボール球にレイルは自分の中で振るリズムを合わせる。
「ットライ!」
 そして5球目。低目に来たボールに合わせて振る素振りを見せながら、タイミングを取った。
 カウントはツーエンドスリー。出来る限りの準備は整えた。
 織田との対戦中にグラウンドを見続けたが、内野陣は定位置のままで動いていない。
 背後にいるレスターの気配を察してから、再び双眸の焦点を織田に向ける。
 その織田がレスターのサインに頷き、投球モーションに移った。ボールはその速射砲台より放たれた弾丸と化し、ミットを目掛けて飛来する。
 対してレイルは足を前に出し、体重を後ろから前へ移す。抱え込むように持っていたバットを水平に保ってボールに当て、同時に一塁ベースを目指して駆ける。
 後ろは一切振り向かない。足元を行くボールすら目を留めず、ただひたすらに前を、一塁ベースを踏み抜ける事を念頭に前を見続けた。
 誰が拾うのかは分からない。だけど、そんなことはレイルにとって関係のないことだった。
 レイルは全力で走る。俺の足は負けねえ、と自分の足を信じて。
 そしてレイルは駆け抜けた。一塁ベース上を。
 しかし、セーフのコールは届かない。なぜコールがないんだ、とそこに悪い予感を抱いて振り返った。
 そして、その悪い予感は悪い現実を生んでいた。ボールは1塁線を割り、転がっている。
 つまりはアウト。スリーバント失敗により、レイルの記録は三振となった。
「……そうか」
 その結果を見てレイルは呟き、ベンチへ戻っていく。
 今までの内容を見ていて、自分のバッティングでは織田の投球に力負けするのは分かっていた。
 ただの強がり、虚勢だけでそのことに反論を言っても仕方がない。それで勝てるのならいくらでも吼えてやる。
 だけど、それはチームに迷惑をかけるだけだ。
 だからといって、ただ球数を消費させるだけのために打席に立つのではいる意味がない。
 なら、どうするのかと考えて出た結論がセーフティーバントであるドラッグバントだった。
 自分の武器である足を生かすために、レイルはそれを選んだ。
 カレルのように特別バントが得意というわけではない。
 だけど可能性。出塁する為の可能性を量った時、バッティングに比べて数段高かったのは事実だった。
 レイルは自身の出塁確率が最も高いセーフティーバントに賭け、それに敗れた。
 なら、今度もまた何かのせいにするでもなく、失敗した事実を受け入れ、前を向いて歩いてくのみだった。
 そんなレイルから情報を受け取ったリタは、失敗はしたものの自分のやるべきことを行ったレイルの肩をぽん、と叩いて打席へ向かった。
『9番セカンド、リタ。背番号4』
 そのコールで現れたリタに多くの声援が届く。
 9番打者だが2打数2安打1四球と現在コタローと並び、両チームトップの打率と出塁率を誇っていた。
 その結果からか、打席に立つリタの顔には自信が表れているように映る。
 本人もまた自覚していた。チーム内で能力が別段高いわけではないけれど、今日の自分は運も味方して絶好調だと。
 色々な部分で良いように噛み合い、うまく事が進んでいると。
 だから、
「この打席もリタさんの力を見せてあげるよ!」
 と、打線が沈黙するチームを盛り上げる為に景気良くバットを振り回す。
 その勢いを保ったまま、
「トライッ、バッターアウト!」
 全球に対して豪快なスイングをみせて空振り三振に終わったのだった。
「……あれ、おっかしいなぁ? ここでリタさんの豪快なホームランが出るはずなんだけど?」
「おかしいのは、オマエのほうだろう」
 首を傾げながら戻ってくるリタにベンチからニナが呆れた声で返答した。
 けれど、その口元は笑っている。リタの雰囲気に中てられ、自然と笑みが零れていた。
 同様にレイルやエドも各々の笑みを浮かべ、どこか気負っていた心が和らいでいくのを感じる。
 そんな誰もがベンチ内の雰囲気がより良くなっていくのを感じる中で、当の本人だけが二ナの言葉に頬を膨らませていた。


『さんしーん! 粘られましたが、先頭打者のタッキーを三振に切って取りました!』
 セレスは打席を去るタッキーへ目をやらずにロージンバックを手につけ、手の感触を確かめていた。
「……うん、大丈夫ね。まだ、いける!」
 手に力が、気持ちに応える力がまだ通うのを感じてセレスは顔を上げる。
 セレスは、フォルスヴァールズの皆は逆転を、勝利をあきらめていない。
 それを証明するように、その気持ちをぶつけるように、一球、一球、想いを乗せて投げていく。
 東條が、青葉がセレスの体力を削るために1球でも多く粘ろうとしていようが構わずに、その思いの丈を乗っけて。
『アウト、スリーアウトチェンジ! セレス、8回裏を三者連続奪三振に仕留めて無失点で切り抜けました! 王都学園、この回、得点は動かず!』
 チェンジのコールを受けて歓声と落胆の色が会場を包み、彼等の視線は奪三振ショーで今の雰囲気を作り上げたセレスに集まる。
 その中をセレスはマウンドを降りていく。この回の投球で疲弊した姿を見せて応援する者に不安を、敵対する者に希望を与えぬように堂々と。
 そしてベンチにグラブを置き、グラウンドへ向き直ったセレスの双眸には円陣を組む王都学園メンバーの姿が映った。
 何を話しているのか、それは会場の声にかき消されてセレスまで届かない。
 けれど最後の一声。そこに込められた勝利への強い想いが、その想いと共に重なり合った皆の声がセレスに届く。
 そんな彼等を、円陣が解かれて各々のポジションへ向かっていく彼等を目で追うセレスは、ふと自分を呼ぶ声に気づいた。
 振り向いた先。そこにはカレルが、フォルスヴァールズの面々が円陣を組んでいた。カレルの横に一人分の空白を作って。
 セレスはベンチを出て「お待たせ」の一言と共にその空白を埋める。
 そして、
「俺達は俺達の戦いをしてきた」
 それを合図にカレルは話し出した。
「最後の攻防も変わらずに、それを貫く。それで俺達は勝利を掴もう」
 それは誰もが疑わずに抱いている想い。3点差で負けている現状でも変わらず。
「一球、一球、丁寧に。自分の役目を見失わずに。そして、最後まで諦めずに!」
 けれど、言葉に。個々で想うだけでなく、確かに繋がった想いへするために。
「さぁ、行こう。フォルスヴァールズに栄光を!」
「「栄光を!」」
『残すは最終回の攻防のみ! 王都学園がこのまま逃げ切るのか、フォルスヴァールズが追いつき追い越し逆転するのか! 決着の最終回、間も無く始まります!』
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