『思緋の色』

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  第1話 「学園での闘い・a」  

 自宅を出ると、頭上にはどこまでも澄んだ青い空が広がっていた。先ほど廊下から見た景色と変わらないそれを見ていると僕の荒れた心も幾分か浄化された気がする。
「コタローくん、どうしたの?」
 意識を下に向けると、あかねちゃんは見上げる僕の顔をじっと見ていた。
「いや、なんでもないよ。さあ、学園へ行こう」
 僕はあかねちゃんを促して、学園への道を行く。僕たちがこれから向かう王都学園に僕は幼等部から通っている。王都学園は日本の首都であるこの王都にあり、その名を冠するだけあって名門校と呼ばれている。家からは今歩いている一本道の先で家からも目に入るほど近い。あかねちゃんと少し雑談していただけで、はい、正門前。
「今日から同じ学園で同じ1年生だね。よろしく!」
 あかねちゃんは正門前で止まり、横にいる僕へと手を差し出す。まあ、許婚のことはともかく――
「うん、よろしく」
 ――今はそのことを気にしないでやっていこう。そう思った。
 お互い笑顔で挨拶し合う今の僕らは見ていて微笑ましい雰囲気を出しているに違いない。ああっ可愛いな、あかねちゃん。
「あっ、コタローくん鼻から血が垂れてるよ」
「え? あっ、本当だ」
 鼻の下を触ってみると手に血がついた。なにもこんなところで鼻血が出なくても……なんともタイミングの悪いな、僕は。それから、なぜ赤い顔をしているんですか、あかねちゃん?
「もしかしてエッチなことを考えたりしてたのかな? 私の手を握って何かを感じ取って。だ、だめだよぅ、コタローくん。妄想の中で私にあんなことやそんなことをさせちゃ。……。いやだ、コタローくんったら!」
「あぶしっ!」
 恥ずかしがりるあかねちゃんに叩かれ、僕は暫しの浮遊体験を味わって地面に胴体着陸しながら、妄想の中であんなことやそんなことを考えていたのはあかねちゃんでしょ? だって、今少し間があったもん。など思っていた。ぐふぅ。
「もうコタローくんったら、大袈裟だよ? 私はただ軽く肩を叩いただけなのに」
 あかねちゃんは笑いながら言う。
 だけど、軽く? ご冗談を。だって一瞬お花畑が見えたんだよ?


「……って、クラスまで同じだね」
 クラス分けの掲示板を見ると僕たちは同じ1年A組だった。
「やっぱり私とコタローくんは一緒になる運命なんだよ」
 ほくほく顔で喜ぶあかねちゃん。それに対して――
「どうせ父さんの仕業だよ。今の父さんなら僕たちをくっつけるためにクラス分けぐらい余裕で操作しそうだし」
 ――水をさすように言う僕。
「えぇ、それじゃまるで現実的すぎるよ? 赤い糸! 私、赤い糸がいい!」
 十分非現実的発言したんだけどね、僕は。まぁ、父さんのことだから現実味もあるといえばあるけど。あっ、でも赤い糸は非現実的なのかな?
「でもこうしてコタローくんと一緒になれてよかった」
 ……うん。まあいいか、クラスが一緒なだけでこれほど喜んでくれるんだから。水を差すのも野暮ってものだ。だって今の笑顔を見ているとこっちまで嬉しくなっちゃいそうだから。……いや、すでにそうなってるか。
 そんなことを思いながら僕は綻ぶ口元を抑えてまた違う笑みを浮かべた。
「あっ、私職員室に寄らなくちゃ行けないんだった。コタローくんは先に教室へ行ってて」
「うん、わかった」
 手を小さく振りながら職員室に向かって歩き始めるあかねちゃんをしばらく見送っていると、照れ笑いを浮かべながら戻ってきた。
「ん、どうしたの?」
「職員室ってどこ、だっけ?」
「こっちだよ。着いてきて」
 僕はそんなあかねちゃんを微笑ましく思いながら、職員室に連れて行こうと先を歩いていく。
「あっ」
 その時、僕はハッと気がつき、とっさにあかねちゃんを廊下の影に引きずり込む。
「きゃっ! だめだよ、コタローくん。こんなところじゃ、皆に見られちゃうよ? あ、でもこういうのって萌えるって言うよね」
 嬉し恥ずかしそうにあかねちゃんは目をきょろきょろきらきらさせながら言っている。
 どっちなんですか、あなたは?
「漢字が違う。って違うよ、あかねちゃん! 誤解を招くような言い方しないで」
 それを聞くと、
「えぇ、ここまでやっておいて寸止めなの? コタローくんって案外酷いんだね」
 あかねちゃんは残念そうに言う。
「寸止めって……。あかねちゃんはさっきから誤解を招くようなことばかり言ってるよ」
「大丈夫、そういう時は本当にすればいいんだよ?」
「しません」
  名案でしょ、といった顔をしているあかねちゃんに僕は即否定した。
「えぇ、つまんない」
 あかねちゃんは言葉どおり、本当につまらなそうに頬を膨らませた。
「『えぇ、つまんない』じゃないって」
 でも、そんなあかねちゃんが可愛く見えてくる。いかん、いかんぞ、僕。
「いい? お願いだから、学園では余計なことを話しちゃだめだよ?」
「妊娠しているとか?」
「あ、そういうウソはやめてね。心停止しそうだから」
「うん、ウソはやめるね。まかせておいて」
 僕の強い要望にあかねちゃんは笑顔で応えてくれる。
 だけど、どこか理解していないような気もする。するけども。するけども、とりあえずこれで一安心ということにしておこう。


 あかねちゃんと職員室前で別れ、僕は1人で教室に入った。
 新しい教室、新しいクラスメイト……って同じだよ。新しい教室で目にしたのは全く見慣れた元中等部3年A組の風景そのままだった。さっきクラス分けを見た時になぜこのクラスだけ生徒の入れ替えがないのか疑問に思ったけど、まあ気にしないことにしよう。
「おっはっよううぅおおおおらぁ!」
「え? ほぐわっ!」
 耳に入ってきた声のほうを振り返ると、目に入ってきたのは突撃してくる何か。それは止まらずに首へ強い衝撃を与えていった。僕はその衝撃に圧されて床に頭から落ちた。
 なんなんだ、一体?
 僕が混乱している中、聞き慣れた声が教室へ響いた。
「見ていたぞ、コタロー!」
「な、何? というか、なんでいきなりラリアットするんだよ! それもかなり本気に!」
 ラリアットしてきたのは眼鏡に小太り、中背のタッキーこと滝沢秀吉だった。なぜ、その体で軽快な動きができるのか不思議でならない。
「真に残念だが、今朝8時ちょうどに貴様の死刑が確定した!」
 くわっと目を見開き、宣言するタッキー。
「異議ありっ! 理由を言え、り、ゆ、う、を!」
 僕は倒れたまま右手を挙げ、異議を唱えて理由を求めた。
「貴様だけが幸せになれるなど全宇宙の神が許したとしても、このオレ様が許さん!」
「意味分かんないよ! こっちの話を無視するな! 理由を言え!」
「理由だと? それは今朝、貴様が美少女とイチャイチャしていたからだ! コタローの分際で身の程を知れ!」
 タッキーはデジカメを僕の前に出す。そこには今朝、僕とあかねちゃんが互いによろしくと言っていた微笑ましい光景が写っていた。
 一体いつの間に? それからこの写真はいただけるんですか?
「何、美少女とイチャイチャだと!」
 それを聞いた男子一同がいつの間にか僕を取り囲んでいた。
 そして僕に鋭い視線を突き刺さる。痛い、視線が痛い。
「ああ、美少女だ。目をつむれ! そして、イマジンを発揮するんだ!」
 それに従い、目を閉じる男子一同。
「身長は150センチ前後のコンパクトサイズ! 制服の上からもわかるアンバランスなナイスバディ! クリクリとした瞳に小さくてかわいらしい鼻と口、さらにはぷにぷにした柔らかな頬のプリティフェイス! 髪はさらさらでいい香り! どうだ、イメージできたか!」
「「うおおぉおおぉおっ!」」
 目をつむりながら叫ぶ男子一同。
 なぜ、イメージを? デジカメに映っている画像を見せればいいのに。それにカッと目を開いた男子一同の視線がさっきより鋭くなっているし。
「くそ、コタローのくせに!」
「青葉先輩が好きなくせに!」
 と、男子一同の言葉と打撃の連打が僕を襲う。
「えっ、草薙君って青葉先輩のこと好きなの?」
 そこに女子が興味津々に入ってきた。
「ああっ、ずっと前から好きだったんだぜ」
 自信満々に答える男子。
「なにそれ本当?」
 面白がって聞き返す女子。
「はい、ちょっと待て! まず、コタローのくせにって言うな! 次に打撃をくわえるな! それとなんでお前が僕の好きな人を知っているんだよ! そんなこと誰にも言ってないだろうが!」
「見てりゃあわかるだろ?」
 そいつは親指をビッと立てて笑顔で即答してきた。
「なんだよ、オレたち長い付き合いだろみたいに言うなよ! おまえ去年転入してきたばかりだろ!」
 なんやかんやと僕たちが言い争っていると、
「皆、何かあったのか?」
 皆が一斉にその声の人物を見た。
「ああっシンさん!」
 そこには短髪、長身に引き締まった体のシンさんこと織田真太郎が立っていた。
「シ、シンさんもう聞いておくれよ!」
「まずは落ち着くんだ。で、一体何があったんだ?」
 シンさんは倒れている僕に優しく手を差し伸べてくれた。
 ああっありがとう、シンさん。
「コタローが一緒にいた美少女について話していたのだよ」
 タッキーが僕を起き上がらせるシンさんに説明する。すると、
「ああっコタローの家から一緒に出てきた女の子のことか?」
 との一言。
 その時だ、一瞬の静寂が教室を支配したのは。
「コタローの家から……?」
 ぷつん。
「一緒に……?」
 ぶちん。ぶちん。
「出てきただとおぉおおおお!」
 ぶち、ぶち、ぶち、ぶち、ぶち、ぶち。
 周りから何かが切れる音がした。シ、シンさん、あんたって人は……。
「「お、おま……てめえ! 何いい思いしてやがるんだ、こらああああ!」」
 男子一同(シンさんを除く)が一斉に襲い掛かってきた。
「ま、まずい! だが僕はこんな所でやられるわけにはいかないんだぁあああ!」
 襲ってくる彼らを敵として認識した僕は自分の中にある力を一部解放。戦闘態勢へと移行した。
 そして僕は襲い掛かる彼らの怒涛の攻撃を全てかわし続ける。
「見える、見えるぞ! やれる、やれるぞ、今の僕なら!」
 なんかテンションの上がってきた僕は迫り来る男子一同(シンさんを除く)に反撃の狼煙を上げた。
「何!? なぜ当たらなぐほっ!」
「おいらの拳が当だごはっ!」
「おれがはっ!」
 台詞すら言わせないのかという空耳を聞きつつ、攻撃の回避とセットの一撃を喰らって倒れていく男子一同(シンさんを除く)。
「後は頼んだぞ、タッキー! どほっ!」
 タッキーに全てを託して特攻してきた男子を倒し、その場に立っているのは、とうとう僕とタッキーだけになった。
「なかなかやるな、コタローよ」
 にやりといやらしく笑うタッキー。
「今の僕をいつもの僕と思ったら大間違いだ!」
 対峙する僕とタッキー。ここまで来て負けるわけにはいかない!
 そして今、僕とタッキーの壮絶――かどうかはともかく――な闘いが始まろうとしていた。
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