『思緋の色』

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  第3話 「帰り道」  

 なんだかんだあったものの無事に入学式も終わった。教室でのHRも終わり、今はあかねちゃんと学園内にあるショッピングエリアにいる。
「ああっもうあかねちゃんが余計なことを言うから酷い目にあっちゃったよ」
 僕は痛む体をさすりながら横をとことこ歩くあかねちゃんに文句を言った。
「もうコタローくんはすぐにそうやって他の人のせいにしてぇ。人間はね、1人で生きているんじゃないんだよ? それなのにコタローくんはそんな言い訳ばっかりだね」
 あかねちゃんはそんなんじゃだめだよって人差し指を振っている。
「うわっ、もう意味わかんないね」
 そんな会話をしているうちにショッピングエリアの一角にあるスーパーの前にやってきた。
 今日はあかねちゃんがお昼ご飯を作ってくれるということなので、その材料を買いにスーパーへ来たわけだ。
「あれっ、コタローくん?」
 スーパーへ入ると目の前には1年先輩の青葉先輩が買い物袋と鞄を手に提げながら立っていた。
「こ、こんにちは青葉先輩」
「こんにちは」
 肩にかかるくらいの艶やかな黒髪に、精悍な顔立ちをしていて見栄えのする長身にバランスの整ったスタイルと気持ちのいい性格で男女共に人気のある先輩だ。今日どこかのバカが言っていたけど、僕はこの青葉先輩が好きだ。初めて会ったその日から僕は青葉先輩に心を奪われてしまった。
 それから会うたびにどんどん惹かれていっている。
 これが恋というものなんだろうな。ああっ僕って青春してるなあ。
「今日から高等部よね。進学おめでとう」
「ありがとうございます!」
 ああっ、ありがとうございます。その素敵な笑顔が一番のお祝いです。
「そっちの女の子は初めましてだね。私、青葉瑞希です」
 よろしくねっと挨拶する青葉先輩にぺこりと挨拶するあかねちゃん。
「仲良く一緒に買い物しているところを見ると、もしかしてコタローくんの彼女さんだったりするのかな?」
「いえ違います」
 速攻で否定する僕。
 勘違いされては今後の僕と青葉先輩の関係に大きな支障が発生してしまう。
 まあ支障と言っても僕と先輩の間に先輩後輩以上のものが今あるとは思えないのがとても残念なんだけど。
「そうです、違いますよ」
 あかねちゃんも笑顔で否定してくれた。
 これで誤解を招くことはないはずだよね。
「私とコタローくんは許婚で小さい時に将来を誓い合った仲なんです」
 今日2度目の宣言をするあかねちゃん。
「へえ、そうなの。コタローくんにはこんな可愛い許婚がいたんだね」
 全く驚く様子も見せず納得する度量をみせる青葉先輩。
 その度量も素敵です。だけど、結局誤解を招いちゃったよ。これは否定をせねば。
「それじゃあ、私はこれで。またね、コタローくんに桜木さん」  だけど、上手い具合にタイミングを逸らされた。青葉先輩はバイバイ、と手を振って去っていく。
 ああ、結局否定できなかったよ。どうしよう? これでこれ以上青葉先輩との進展は期待できないのだろうか? 否、早く家に帰って父さんと許婚の問題を解決すればいいんだ。あっ、でも今日は金曜日か。金曜日は父さん帰ってくるのが遅いから急いでもいないか。
「コタローくん、どうしたの? 早くお買い物を済まそう?」
 あかねちゃんが虚空を見つめながら考え込んでいる僕の顔を覗き込んできた。意識をこちらへ戻した僕はそれに答える。
「そうだね、買い物を済ませよう。ところで今日は何を作るの?」
「それはね。ひ・み・つ、だよ?」
 そう言ってウインクをするあかねちゃんはとても可愛かった。


「これで全部買った?」
「うん、大丈夫だよ」
 必要な材料の買い物を済ませた僕らはスーパーを後にした。
「あっ、こんにちは」
 スーパーを出てすぐのこと、曲がり角で出会ったのは藤堂先輩だった。
 すらりとした長身に黒くて少し長い髪で整った顔立ち。それでいてどことなく愛らしくも感じるとうちの女子たちにも人気の先輩だ。さっき会った青葉先輩とは幼なじみでいつも一緒にいるのを見かける。まさに美男美女のカップルと皆に言われているけど、お互いただの幼なじみだよと否定している。でもそう言われるほど本当に仲のいい2人。
 つまり藤堂先輩は僕の恋の大きな壁となっている人なんだ。
 だけど、とてもいい先輩で憎みに憎めないのがとても困ったところだ。ままあ、憎む必要は無いけど、そのポジションが羨ましくて仕方が無い。
「こんにちは。それと君は初めましてだね。ボクは藤堂明」
 よろしくと挨拶する藤堂先輩にぺこりと挨拶するあかねちゃん。
「コタローにこんな可愛い許婚さんいたんだね。少し驚いたよ」
 と、言いながらも全然驚いた様子の見えない藤堂先輩。
 ってあれ?
「なんでそれを藤堂先輩が知っているんですか?」
 疑問に思って聞いてみると、
「瑞希が戻ってきた時に言っていたんだよ」
 と、答えた。そして、それに僕の思考は巡り出す。
 戻ってきた? どこに?
「今、家にボクしかいないから栄養が偏っているんじゃないかって言ってきてね。ボクはそんなつもりはないんだけど、瑞希が今日のお昼ご飯を作るってやってきたんだよ。それでさっきここに買い物へ来た時にコタローたちと会ってその話を聞いたって言っていたよ。で、ボクは瑞希が買い忘れた物を買いに来たって訳さ」
 今、僕の中で藤堂先輩の家に青葉先輩がいるとかいないとかはこの際どうでもいい。どうでもよくはないがあえてよしとしよう。
 それよりも瑞希先輩の手料理を食べれるのが羨ましくて仕方がない。
 そして、ここで僕の中にとても図々しい考えが浮かんだ。
 ……お邪魔してはいけないだろうか? 藤堂先輩なら許可してくれる気がする。
 でも、青葉先輩はどうだろか? いや青葉先輩も許してくれるに違いない。ここは思い切って言ってみたらどうだろうか? でも失礼じゃないだろうか?
「そろそろボクは行くね。それじゃあね、コタローに桜木さん」
「はい、さようならぁ」
 いやいや、そろそろいい頃なんじゃないだろか? もう3年近くの付き合いなんだし。
「コタローくん?」
 でも3年だろ? 2人の付き合いは確か幼等部からの付き合いだぞ?
「コタローくん? ねえ、聞いてる?」
 その間に入れるか? いや時間なんて関係ない。そうさ、関係ないはずだ。
「ねえ、コタローくんってば!」
 そうとも僕の青葉先輩が好きだって想いは負けていないはずだ!
「あの藤堂せんプルホップー!」
 もう藤堂先輩がいないことを回転する視界で確認しながら3回転ぐらいして地面に頭から着地した。
「ねえ、聞いてる?」
「……うん、なんとか」
「それじゃあ帰ろう、コタローくん」
「うん、帰ろうか……」
 食べたかったな、青葉先輩の手料理……。
 学校を出たときより体の痛みが強いな、と思いながら再び家路を辿り始めた。
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