『思緋の色』

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  第4話 「手料理と笑顔」  

 自宅に到着後、あかねちゃんはすぐにキッチンに立ち、料理を始めた。何か手伝おうかと訊ねたけど、大丈夫だからと言われて今は自室に戻ってベッドに寝転がっているところだ。
 それにしても……あかねちゃんは料理ができるのだろうか、という疑問が浮かんだ。
 あかねちゃんなら砂糖と塩を間違えるぐらいのドジをごく当たり前に見せてくれるのではないだろうか。
 でも、せっかく作ってくれるんだし、ここはありがたく出来上がるのを待とう。
 ……。青葉先輩は何を作っているんだろう?
 あかねちゃんが作ってくれているのにこう思うのもなんだけど、気になって仕方ない。今頃、藤堂先輩は青葉先輩の手料理を食べているんだろうな……。だめだ、想像するな! 想像した分、僕の心はテンションダウンしてしまう! 他だ、他のことを考えるんだ!
 それでもついつい青葉先輩の手料理を想像していまい、ベッドの上で左右に転がっていると部屋のドアがノックされた。
「コタローくん、お昼ご飯できたよぅ」
 あかねちゃんの声だ。僕はその声に返事をして、そんなに長いこと転がっていたのかと思いながら一階へ降りた。
「おっまたせ!」
 食卓につくとキッチンからあかねちゃんが料理を運んできて僕の前に置いてくれた。その料理を見て僕はあかねちゃんに訊ねる。
「これって、カレーだよね?」
「そう、海南鶏飯だよ」
「ハイナンジーファン?」
 初めて聞くカレー料理だな。
「そう。朝ね、コタローくんが起きてくる前におじさまと話していてコタローくんはカレーが大好物だって聞いたからカレーにしたんだよ」
「へえ、そうなんだ。ありがとう」
 なんかこういうのって嬉しいな。大好物な料理をこんな可愛い女の子が手作りしてくれるなんて。今、顔が相当緩んでいるに違いない。
「カレーって聞いてね、シンガポールへ旅行した時に屋台で食べた海南鶏飯がおいしくて、コタローくんにも食べてもらおうと思って作ってみたんだよ」
 あかねちゃんはちょっと照れ笑いをしながら言った。
「じゃあ、これってシンガポール料理なんだ?」
 改めて目の前にある料理を見た。
「そう、シンガポールの名物料理だよ。一緒に置いたしょうゆダレとチリソース、すったショウガをお好みでかけてから混ぜて食べるととてもおいしいの」
「そう? それじゃあ、いっただきまーす!」
「はい、召し上がれ」
 しょうゆダレとチリソース、すったショウガをそれぞれかけ、混ぜてから口へと運んだ。それをあかねちゃんが少し不安に、でも真剣な顔で見てくる。
「あっ、おいしい」
 口に入れた瞬間、ほとんど反射的に声が出た。
「ほんと? 本当においしい?」
 あかねちゃんがまだ不安そうに聞いてくる。だから笑顔でもう一度答えた。
「うん、おいしい。おいしいよ、あかねちゃん! 鶏肉がとっても柔らくって、混ざったタレやソースが深い味わいを出しているよ! ご飯に鶏肉の旨みが染み込んでいて、でも、あっさりしているし。すごくおいしいよ!」
 本当においしい。さっき料理ができるか疑ったことを反省しながら、また一口食べた。
「本当に? やったー!」
 僕の感想を聞いて、あかねちゃんはホッとして胸を撫で下ろしてから、とても嬉しそうに満足な笑顔を浮かべた。その顔を見て思わず見惚れてしまった。とっても、とても可愛いあかねちゃんに……。
 それからカレーをもう一杯食べてから、用意してくれていたデザート、シャヒトゥクルという牛乳とお砂糖で煮つめてパンにのせたお菓子を食べた。


「ああっ、おいしかったー」
 僕は2階の自室に戻って、ベッドに倒れこんだ。
 せめて食器洗いはしようとしたけど、またも大丈夫と言われ、再びベッドに寝転がっている。
 なんかさっきのあかねちゃんは今日の中で1番可愛かったな……。家に帰ってきてからのあかねちゃんは変なことを言ったり、突発的攻撃をしたりしてこないし。なにより、あかねちゃんの手料理を食べて、すごくおいしくて、あんな笑顔を見せられちゃったら、それも仕方ないのかな……。
 食後の満腹感と窓から入る春の暖かい日差しが体を包み込み、いつしか僕は深い眠りの中に入っていた。
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