『思緋の色』

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  第5話 「夢」  

 気がつくと僕は床だけの空間を歩いていた。辺りに壁は無く、見えるのは明瞭を欠く空とそこに地があるかも不確かな床を分ける曖昧な水平線。見上げると、そこには天井など空を遮るものなく、望む限りに広がる空。
「これは……夢、だな」
 時々自分が夢の中にいることに気がつくことがある。そして今もまたそうなのだと感じた。それと同時に目の前に巨大なスクリーンと椅子が現れる。僕はその椅子に危惧することなく座った。
 すると、どこからともなく映写機の動き始める音が聞こえる。スクリーンには映写機の光が当たり、モノクロ映像が映し出された。
 そこに映るのはとてつもなく広い庭。そして大きなお屋敷。外は雪が降っていて広い庭は一面真っ白に染まっていた。
 そして、そのお屋敷の玄関に今より若い父さんと小さい頃の僕が2人並んで立っていた。
「こんにちは、おじ様! ん……? おじ様、この子誰?」
 玄関を開けて出てきたのは小さな女の子。父さんへ元気に挨拶した後、僕を見て父さんに尋ねた。父さんはその子に挨拶をすると僕を紹介する。
「こんにちは、あかねちゃん。この子はおじさんの息子でコタローっていうんだよ。さあ、コタロー挨拶しなさい」
「こんにちは」
「こんにちは!」
 明るく元気に挨拶するあかねちゃんと呼ばれた女の子。きっと小さい時のあかねちゃんなんだな、と僕は思いながらスクリーンを見つめていた。
 それから場面は僕とあかねちゃんがお屋敷の中で遊んでいる場面に切り替わる。
「ねえ、コタローくん。そろそろババ抜きも飽きてきたね」
 あかねちゃんはあがり、と言いながらトランプを置いた。
「飽きたも何も2人でババ抜きってのもそもそもやるもんじゃないと思うよ」
 また僕の負けか、とため息まじりに言う僕を見て僕もそう思った。
「次は何して遊ぼうかなー」
 あかねちゃんは僕の言葉を無視してうーん、と考え込む。
「そうだ、かくれんぼしよ!」
「かくれんぼ?」
「そう、かくれんぼ。ほら、早くお外に行こう!」
 あかねちゃんは僕の手を引っ張って外に出ようとする。だけど僕は引っ張り返して抵抗した。
「ちょっと待ってよ、あかねちゃん! だってお外は雪が降っているよ。このお屋敷だって広いんだから、このお屋敷でやればいいんじゃぶ!」
 僕の言葉を遮るようにあかねちゃんはグーで殴り、僕はぐったりする。
 グーって……。
「コタローくん、わがまま言わないの! せっかくコタローくんのために私が考えたんだよ!」
 僕は返事をしないでぐったりしたままだ。
 ……大丈夫か、僕?
「ねえ、コタローくん! もう1人でお昼寝なんてしてないでよ!」
 あかねちゃんに頬を叩かれて僕は意識を取り戻した。
「ほら、コタローくん。お外にかくれんぼしに行こう!」
 廊下を走り出すあかねちゃんにまだ頭が揺れて仕方がないといった顔をしながら僕は後を追いかけていった。


「じゃあ、コタローくんが鬼ね」
「ええっ、じゃんけんで決めないの!?」
 場面は変わり、あかねちゃんと僕はお屋敷の外にある大木の下にいた。
「さっきコタローくんがわがまま言った罰だよ。隠れる範囲はこの敷地ないだからね。いい? 20数えてから探しに来てね」
 そう言ってあかねちゃんは走り出した。
「わがままって……」
 しぶしぶ僕は20を数えだした。
「いーち、にーい、さーん――」
 20を数え終わった僕は振り返って、この広い庭を見つめて愕然としていた。果たしてこの広い庭からたった1人の女の子を見つけることができるのか、と。
「……早く見つけてお屋敷に入ろう」
 そう決心した僕とあかねちゃんのかくれんぼが始まった。


「ひっぐ、あかねちゃん、どこー?」
 どれくらい経ったろうか、あかねちゃんは未だに見つからず僕は泣き始めていた。
 それにしても、あかねちゃんはどこに隠れたんだろう? いい加減見つかってもいいと思うんだけど。
「どうしよう。このままじゃあ、あかねちゃん凍えて死んじゃうよー」
 とうとう本格的に泣き出した僕。
 大丈夫なのかな……あかねちゃんは。まあ、大丈夫じゃなきゃ今うちに来ていないわけなんだけど。


 場面はまた変わり、お屋敷。僕は泣きながら父さんにも手伝ってもらおうとお屋敷の中へと戻ってきた。部屋にいる父さんを見つけて、父さんへ声をかける。父さんは、びしょびしょになって泣いている僕を見て持ってきたタオルで小さな僕の濡れた頭を拭いてくれながら訊ねる。
「どうしたんだ、コタロー? こんな雪の日に傘もささずに……」
「それよりもあかねちゃんが――」
 スクリーン上の僕は言葉を失い、物凄くなんと言っていいかわからない顔をしていた。
 ん? どうしたんだ?
 僕の意思を汲み取ってか、スクリーンはそのままスライドして、
「あっ。ああああああっ!」
 ソファーですやすや寝ているあかねちゃんを映し出した。
「ああっ、あかねちゃんはおやつのケーキを食べに来て眠くなったのかそのまま寝ちゃっていたんだよ。それよりコタローは外で何をしていたんだ? おい、コタロー?」
 きっと父さんの声は僕の耳に入っていないはずだ。もうなんだか真っ白になっているように見える。


 場面は変わり、今度は寝室。大きなベッドの中で僕は額にタオルを置いて横になっている。傍らの椅子には父さんが座っていた。
「まったく、こんな雪の日にずっと外で遊んでいるから熱を出すんだぞ」
 やれやれ、と言った感じの父さんに僕は訳を言いたそうけど高熱のせいか、言葉もまとまらない様子だ。
「それじゃあ、おやすみ」
 そして部屋を出て行った父さんと入れ替わるようにあかねちゃんが入ってきた。
「大丈夫、コタローくん?」
 なぜだか恥ずかしそうにしているあかねちゃん。
「隠れる場所を探している時にね、そろそろおやつのお時間だって気がついたの。だから、お屋敷に戻っておやつを食べて――」
 おいおい。じゃあ、小さな僕が寒い雪の中で探し回っているときにあかねちゃんは暖かい部屋の中でおいしくケーキを食べていた、と?
「――すっかりかくれんぼのこと忘れて、そのまま寝ちゃったの。ごめんね」
 笑顔で謝るあかねちゃんを見ながら僕は笑っていた。
 ……わかるよ、もう怒るとかじゃないんだよね。笑うしかないんだろう?
 僕は高熱でうなされながら笑っている僕へと同情して問いかけた。
「でも敷地内っていったんだし、お屋敷にいてもおかしくないよね?」
 いや、だったら外でやろうとした意味ないじゃん。
「あっ、安心してね。コタローくんの分のケーキはとってあるから」
 あかねちゃんは、これでもかというぐらいの可愛い笑顔で僕に言った。
 ……この子は鬼だな、あかねちゃんは子供の姿をした鬼だ。
 小さな僕の意識がなくなるとほぼ同時にスクリーンの映像は終わった。
 その映像を見終わって1つの考えが浮かんだ。
「……あかねちゃんがいるとどこか落ち着かなかった。ドキッとする瞬間もあった。これってトラウマだったのかな……?」
 そう思いながら、僕の意識は遠のき、現実へと戻されていった。
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