『思緋の色』

次に進む | 前に戻る | 目次に戻る

  第6話 「寝起きの告白と記憶違い」  

 今は夢から現実に戻る狭間くらい。僕はあかねちゃんだと思われる女の子との夢に考えを巡らせる。
 あれは昔の記憶? あかねちゃんと会って昔の記憶を思い出したのかな?
 僕はまだハッキリしていない意識の中で考えていた。少し目を開けると窓からは月明りが射している。
 ……そうか、横になってそのまま寝ちゃったんだ。
 思い出しても僕は起き上がらず、目を閉じて布団の中で寝返りを打つ。
 もう少しだけ……ん? 何か手やら腕に柔らかい感触が……なんだろう?
 ぼんやりと目を開けてみると目に映った柔らかいものの正体はあかねちゃんだった。
 なんだあかねちゃんか、と確認を終えた僕は再び目を閉じる。そしてだんだんはっきりしてきた頭で考える。
 ……あかねちゃん?
 今度ははっきりした意識の中、目を開けて確認した。
「ひぃ――」
 叫びそうになる口を手で押さえて無理やり黙らせ少しむせた。あかねちゃんは僕の隣りで寄り添うようにすやすや寝ている。
 なんでなんでなんで!? なんでなんですか、先生! どの先生に叫び、質問をしたいのかはこの際関係ないよ! なんであかねちゃんは僕のベッドの中に? と、とりあえずベッドを出よう。考えるのはそれからだな。
 壁側にいる僕はあかねちゃんを起こさないようにそーっとベッドから降りようとしたまさにその時、
「んん……んぅぅ……はれ、コタローくん……?」
 僕がちょうどあかねちゃんに覆い被さっている状況であかねちゃんは薄く目を開けて呟いた。瞼が上がったその瞳には困り果てた僕の姿が映っているのが見える。
 かっはっ、なんてタイミングで起きるのさ!
「お、おはよう」
 僕は一瞬で様々なところから吹き出てきた汗で体中がベタベタになった。まだ半分寝ぼけているのか僕を見てぼーっとしているあかねちゃん。
 あっ、目が大きくなった。
「きゃっ! なんでコタローくんが私の布団に……!」
「いや、ここは僕の――」
「結婚前にそれはだめぇ!」
 案外古風なんだね、と思いながら僕は壁へとめり込んだ。


「ふう。もうコタローくんったら、突然なんだもん。びっくりだよぅ」
 あかねちゃんが落ち着くまで拳の嵐を受け続け、ぐったりしている僕を壁から剥がして、くすりと笑う。そして、あかねちゃんは僕を剥がし終わるとベッドに横になって一言。
「さあ!」
 あかねちゃんは大の字になり、煮るなり焼くなり好きにしな、と言わんばかりの受け止め体勢に入っている。しかも、なぜかえびす顔。
「『さあ!』じゃないよ、あかねちゃん! なんで僕のベッドの中にいるの!?」
 さっきの案外古風なんだね、と思った僕の思いを訂正しつつ、疑問を口にした。
「それは夫婦なんだし、ねえ?」
 頬を染めながら答え、同意を求めてくる。
「『ねえ?』じゃないよ! なんで同意を求めるのさ! 僕たち夫婦じゃないでしょうが! 今自分で『結婚前にそれはだめぇ!』って言ってたじゃん!」
 僕はあかねちゃんの矛盾を突きつつ、文句を言った。
「え? あっ、そっか、ごめんね。そうだよね、夫婦じゃないよねぇ」
 あかねちゃんは何かに気がついたように納得してくれた。なんかやけに素直だな。
「これから夫婦だもんね!」
「うわっ、なんだそれ!」
 だめだ、この子は。
「でもね、私がこの部屋に来た時にコタローくんがなんだかうなされているようだったから、側にいようと思って……」
 ベッドに指で「の」の字を書きながら言うあかねちゃん。
 それは嬉しいことなので、うなされた原因はあかねちゃんだよとはさすがに言えない。
「それにね、一緒に寝るのは初めてじゃないんだよ」
 あかねちゃんは嬉しそうに言った。
「えっ、そうなの?」
「昔ね、コタローくんは私が雪の中で凍死しちゃうんじゃないかと思って、一生懸命私を探してくれたんだよ」
 ! さっきの夢はやっぱり昔の記憶だったんだな。
「しかも、自分1人では見つからないと判断したコタローくんはおじ様に手伝いを求める素早い状況判断を見せてね――」
 うん、確かに父さんに助けを求めに行っていたな、素早いかは別にして。
「――その頃、私は雪の中で凍えていたんだけど――」
 あれ? 夢とは違う展開に……。
「――その時、暖かい部屋の中でおやつのケーキを食べて、そのまま寝ちゃうっていう幸せそうな私の幻を見つつ――」
 それは幻ではなく現実なのでは?
「――誰か助けてって思っていたその時にコタローくんが私を見つけてくれたの!」
 あかねちゃんは嬉しそうに語ってくれる。でも、夢で見たのと大分違ってきているけど。
「でも、そのせいでコタローくんは熱を出して倒れちゃったんだよ」
 あっ、ここは同じなんだな。
「それで私が泣きながら『私のせいでごめんね』って言うとね――」
 笑ってごまかしていたのでは?
「――コタローくんは笑って『あかねちゃんが無事でなによりだよ』って言ってくれたの」
 そんなことを言った記憶もないし、もうあの時は笑うしかなかったんですが……。
「その後、コタローくんのために何かしたいと思ったの。それでせめて側にいようと思って一緒のベッドに入って寝たんだよぅ」
 その後は夢でも見ていないし真相は定かではないからなんとも言えないけど。
 でも、僕が見たのは夢だし、本当の記憶かもわからないわけだしなぁ。あかねちゃんが言っていることが正しいのか?
「それから……」
 あかねちゃんは俯きながら急にもじもじしだした。
 ん、なんだろう?
「どうしたの、あかねちゃん?」
 あかねちゃんはえっとえっと、を繰り返しながら何かを言おうか言うまいか考えているようだった。
 そして、
「それから人に移せば治るって聞いていたから……キスしたの」
 と、赤くした頬を押さえて告白してくれた。……は?
「き、キス? それはマウストゥマウスで接吻でキス? レモンの味がするというあれですか? でも、実際はしないからレモンの汁を口に塗ってからするというキッスですか!?」
 あれ、何を言っているんだろう? 自分で何を言っているかわかんない。
「でも、移らなかったんだよ?」
 あかねちゃんは肩を落とし、残念がって言う。
「そりゃ、人に移せば治るって言われているのは風邪だし、それは風邪が治った頃に他の人が風邪を引くから言われているような気がするし。というか、だめだよ、勝手に人の唇を奪っちゃ!」
 僕は動揺してか聞き取れるかわからないほどの物凄く早口で言った。
「でも……ファーストキス、だよ?」
 あかねちゃんはその早口を普通に聞き取り、唇に指を当て上目遣いで僕を見てくる。
「でもって何さ? それと僕は意識がないのでノーカウントだよ!」
 僕は覚えていない間にファーストキスをしたと思いたくないのでノーカンと判断。
「ファーストキッスだよ!」
「ノーカンです!」
 その言い合いを数回繰り返した後、
「コタローくんの分からず屋!」
 あかねちゃんが叫び声と共に突き出した拳で僕は壁に叩きつけられた。
 せ、背中とリバーの痛みで、こ、呼吸ができない……。
「コタローくんは『子供が出来たの』と女の人に言われて『それ本当にオレの子?』と答えるような男の人と同じことを言っているんだよ! ひどいよ、コタローくん!」
 同じかどうかわからないし、ひどいのはあかねちゃんだよ。
 僕はそう思いながら痛む背中とリバーをさすりながら息を整えた。あかねちゃんを見るとそっぽを向いたまま頬を膨らませている。
「意味わかんないし、認めてたまるものか……!」
 ここは自分の体の安全のほうが大切だという判断が僕の脳内会議で過半数を超えた。
 でも、僕の口から出た言葉はそれとは反対の言葉だった。
「コタロー! それでも貴様は男か!」
 突然部屋に父さんの声が響き、上から父さんが降りてきた。
「えっ、ちょっと待ってよ! 一体今どこから!?」
 頭にクエスチョンマークを浮かべている僕を見ながら父さんは天井を指して天井からだ、とごく当たり前のように答えてきた。
「なんでそんな当たり前のことを聞いているんだ、みたいな顔をしているの!? 普通天井にいないでしょ! っていうか、いつからそこにいたの? 全然気がつかなかったよ!」
「いつからって、あかねちゃんとお前が一緒に寝ているところからだ」
 そう言っている父さんの手には最新式と思われる超薄型のビデオカメラがなぜかあった。そう、なぜか。予想を裏切らないであろう回答がくることを分かっていながらも僕は訊ねた。
「……なんでビデオカメラを持っているの?」
「使っていたからだ」
「いつ、どこで、なんのために!」
「今さっき、ここで、息子といずれ娘になるあかねちゃんのまだ初々しい寝姿を撮るために」
「っとんなー!」
 僕はそのビデオカメラを奪いに父さんの手へと飛びついた。
 が、あっさりと避けられる。
「そんなことはどうでもいい! 貴様という男は行動に責任を取れんのか!」
 くらえ、怒りの鉄拳といわんばかりに父さんの豪腕が唸りをあげた。
「っな、くっ!」
 僕はふいに迫りくる鉄拳を回転運動でかわし、ビデオカメラへと手を伸ばしたが、父さんに弾かれる。
「ふん、避けたぐらいで調子に乗るでないわ! コタローごときで父さんの上へ行こうというのが間違いなのだよ!」
 そう言って父さんは意地悪そうに笑った。
 くそっ、それが自分の息子に言う言葉なのか?
「いいか、コタロー! 接吻は誓いの証なのだ!」
 父さんは人差し指を僕の額にぐりぐりと押し当ててくる。
 い、痛い……。
「接吻とは自分の全てを相手に捧げる決意を表す好意もとい行為なのだ! それに相応しくない相手に接吻などしない、いや、あってはならない行為だ! そして、あかねちゃんはお前をその相手に選んだのだぞ!」
 一言一言を言うたびに父さんは僕の額に押し当てていた人差し指で突っついてくる。
「そうです、おじ様! 私はその相手にコタローくんを選んだんです! 私の全てをコタローくんに捧げる決意の元に行われた好意もとい行為があのファーストキスだったのですぅ!」
 あかねちゃんは父さんの言葉に耳を傾け、涙する素振りを見せながら頷いている。
「それなのに、コタローくんときたら……」
「そうだ! だというのになんだ、貴様のその男らしからぬ態度は!」
 2人は僕に鋭い視線を突き刺してきた。
「ちょっと待って! 一方的に話を進めないでよ! 僕の意見はどうなる――」
「ええい、黙れ黙れ黙れコタロー!」
 と、僕の話を遮り父さんが話し出した。
「いいか、父さんと母さんの時はな――」
 それからしばらく、父さんは母さんとの思い出話をとても嬉しそうに話す。正直、飽きるほど長い。
「――というわけだ。いや、今思いだしても父さんも若かったな、はっはっはっ。では1階に行って晩御飯の後に今朝の話の続きでもしようか。さあ、コタローにあかねちゃん行こう」
 踵を返して父さんは部屋を出ていき、その後をあかねちゃんがとことこ歩いていった。
「えっ? ちょっと待ってよ。今のキスしたか、してないかって話の続きは? 何、父さんは母さんとの話がしたかっただけ? あかねちゃんもそれでいいの? えっ、放置? 僕は放置ですか?」
 僕は誰もいなくなった部屋で誰とはなしに話しかけた。
次に進む | 前に戻る | 目次に戻る | 掲示板へ | web拍手を送る
Copyright (c) 2005 Signal All rights reserved.
  inserted by FC2 system