『思緋の色』

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  第7話 「許婚」  

 1階に降りた僕はあかねちゃんの料理ができるまで父さんと現在JHKで放送中の人気アニメ「創世神アナザーへヴン」をゲーム化したロボット格闘ゲームをしながら待った。
「ふっふっふっ、父さんが扱うアマテラスに勝てるかな?」
 素早い移動を魅せつつ、遠距離からの弓による連射を繰り出す。
「僕のアナザーへヴンが負けるわけがない!」
 その弓を避けつつ、接近して舞を踊るような剣捌きを魅せる。
 美しいと評判の戦闘画面の中、赤き機体と白き機体が美しく舞い闘う。
「美しく飛べ! 舞え! 撃ち放て! アマテラス!」
 赤き機体アマテラスは飛翔、空中から弓矢の雨を降らせる。
「スピリッツエンボディシステム起動! 全てを無に還せ! アナザーへヴン!」
 白き機体アナザーへヴンは弓矢の雨を全てかき消す。
「少しは腕を上げたようだな、コタローよ」
 画面から目を離さず父さんが僕に話しかけてきた。
「ふふん、そう毎回やられてたまるものか」
 素早いボタン操作で機体を動かす僕と父さん。
 それからしばらくして、
「コタローくん、おじ様、料理できたよぅ」
 キッチンのほうからあかねちゃんの呼ぶ声がした。
 僕と父さんはゲームを片付け、あかねちゃんの料理を運ぶ手伝いをしに行った。
 ちなみに対戦成績は父さん圧勝で僕は惨敗。なぜ?
 運び終わったあかねちゃんが作ってくれた料理を3人で食べながら、今日はどうだった、と父さんが聞いてきたので僕は今日の朝からの出来事をため息交じりに話した。それを聞いて父さんはタッキーやシンさんたちのことを相変わらずだな、と笑った。僕と父さんはあかねちゃんの手料理を美味しいと言いながら食べ、それをあかねちゃんは嬉しそうに見ていた。


 晩御飯を食べ終わって、食器を片付けた僕たちは場所をリビングへ移した。
 そして今朝と同じように父さんとあかねちゃんは並んでソファーに座り、僕はその前に椅子を持ってきて座った。
「では今朝の話の続きだが、あかねちゃんは許婚で今日より我が家で住むことになった。以上話し合い終了」
「よろしくね、コタローくん!」
 と聞き、今朝の話し合いのふり出しに戻った錯覚を覚えた。
「ちょっと待ってよ、それに反対だから話し合いをしてるんでしょうが!」
 それを聞いた父さんは怪訝な顔をした。
 なぜここで怪訝な顔をするのかがわからないよ。
「なぜだ? これだけ可愛くてボインボインはいないぞ?」
「ええい、黙れ、このエロ親父! ボインボインとか言うな! そういうこと言っているからエロ親父なんだ、お前は! って、だからそれじゃあ、今朝の話し合いと変わらないじゃん! 同じこと言っちゃったよ、まったく!」
 ドウドウ、と馬の興奮を抑えるように父さんは僕に言う。
 僕は馬じゃないし、なぜ楽しそうに言うかがわからないよ。
 でも僕は落ち着き、椅子に座った。
「うむ。確かに許婚がいると言われ、混乱するのもわからないわけではない」
「そうだよねぇ、私は覚えていたからともかくコタローくんは許婚の話はもちろん私のことすら忘れていたんだもんね」
 なにやら僕の気持ちを察している感じを見せる2人。
 それと忘れていてごめん、あかねちゃん。せめてそれは心の中で謝っておこう。まあ、今朝も一応謝ったけど、それでももう1度。
「まあ、あかねちゃんはコタローの許婚という設定なんだし、ここは受け入れなくてはな、コタロー」
「そうだよね、おじ様。ここはそういった設定なんだし、コタローくんもわかってくれるよね?」
「2人とも設定とか言うな! なんだよ、設定って!?」
 2人は僕の反応を見て、クスクスと笑う。
 なぜ、僕をからかうんだこの2人は。
 少し拗ねている僕を見て、父さんが話し出した。
「まあ、冗談はともかく、貴様は誰だ?」
 父さんはいきなり意味の分からない質問をしてきた。
 まったく、父さんは何を言っているんだ?
 僕は首を傾げ、
「誰って、草薙小太郎だよ。何を言っているの?」
 と、頭にクエスチョンマークを浮かべながら答えた。
「では、それをどうやって証明できる?」
「は? ……どうやってて言われても学生証とか何かしらの証拠を見せたりしてかな?」
 僕は、おかしな質問だな、と思いながらも答えた。
「確かにそれで貴様が草薙小太郎であることを証明することができるかもしれん。が、証明されないかもしれん」
 その返答を聞き、僕の頭の上のクエスチョンマークの数が増えた。
「なんで?」
「ここに『私』という存在がいるとする。いいか?」
「う、うん」
 真面目な顔をした父さんを見て、少し前までの父さんが戻ってきた感覚を持った。
「『私』が『私』であるという状態は他者によって否定される可能性がある。それは『私』という存在の半分の決定権は他者が握っているからだ。『私』は他者と共有された知識に支えられて安定していると言える」
 ああっなんか昔の父さんに戻ったような感じだな。父さんはやっぱりこっちのほうがいい。ただ、それで何が言いたいのかがわからないけど。
「つまり、それは『私』という存在は自己と他者の相互的理解で認められ証明されるということだ!」
 くわっ、と目を見開いたその顔からは昨日までの父さんは消え、今日の父さんが姿を見せる。
 ああっ消えていかないでよ、昨日までの父さん! 今日の父さんは嫌だよっ!
「例えば世界に父さんとあかねちゃん、貴様の3人がいる。そこで貴様は自分が草薙小太郎だと名乗っても父さんとあかねちゃんにとって貴様はタッキーこと滝沢秀吉だと言われるとする」
「ちょっと待って、なんで例えがタッキーなの!? 他の人にしてよ!」
 タッキーには申し訳ないが、タッキーに例えられるのは嫌だ。だから否定の声をあげたのに、父さんは僕の叫びを無視して話を続けた。
「そうすると貴様は自分では草薙小太郎だと名乗っても父さんたちがいや、貴様はタッキーだ、と言う。そして、そう言われ続けることで貴様は自分をタッキーこと滝沢秀吉だと受け入れてしまうのだ」
 と、そこで話をやめて僕が理解したのか確認するためにじっと見てきた。
「う、うん。なんとなくだけどわかったような気がする」
 わかったような気がするし、この話の意図がなんとなくわかってきて嫌な気がする。
「ちなみにコタローの周囲によるあかねちゃんがコタローの許婚だという認識をした者たちは約7割5分以上に達している。つまりコタローが普段、生活環境で接する人たちの大多数があかねちゃんをコタローの許婚だと認識して受け入れていることになる」
 やっぱりこの展開に持ってきたよ。
「ちょっと待って、そんなの後で違うと言えばいいじゃないか!」
 僕は声を大にして言った。でも父さんはそれがどうしたと言わんばかりに話を続ける。
「しかし第一印象というものは大きい。初めて会っていきなりコタローの許婚と聞き、それはインパクトとして大だ。まあ、うちのことだから許婚がいてもおかしくはないが。だからこそすんなり受け入れられると思うわけだ。さらにコタローが否定してもあかねちゃんが許婚だと言う。ただし、これだけだとまだ弱い。なぜなら当事者であるコタロー自身が否定しているんだからな。まあ、照れ隠しでやっているともとれるわけだが、あかねちゃんが勝手にそう思っているようにも捉えられる。そこでコタローの親である父さんがそれを認めているという事実を与える。これにより少なからず親認定の許婚として認識される。ドーン!」
 ドーンは多分今ので僕が衝撃を喰らったのをイメージしてのことだろうけど、まさにその通りなわけで例え僕が否定しても周りからは親公認の許婚がいると見られてしまうということだよね。
 その事実を受け止めて僕は膝と両手を床につき、沈んでいるのを体全体で表現した。
「どうやら理解できたようだな。では本日より婚前準備期間とする。以降3年間の同居生活を経て、両者合意の下で正式に許婚とする」
 それを聞き、僕は顔を上げた。
「へ、どういうこと?」
「しきたりと言えど、必ずその者と結婚するわけではないというわけだ。今は昔と違って両者の意思も尊重するようにしている。この結婚準備期間はそのために設けられたものだ。この期間を通してお互いを知り、その上で結婚をするか否かの判断をつける」
「は、はあ。じゃあ今は正式な許婚ではないと?」
「いや、許婚であることには変わりない。今、2人に使っている許婚は両者の親が合意で結婚の約束をする意味での許婚だ。2人にも意思の確認をして合意を得たことによって成立している。……まあ、コタローに記憶はないようだが、そこはあえて無視する」 「今最後になんか言ったでしょ!」 「そして先程言った許婚とはコタロー、あかねちゃん両名の合意を改めて取った上での婚約としての意味を持つ許婚だ」
「じゃあ今すぐに結婚がどうのという話ではなく、この高校生活を経て結論を出す、と?」 「そうだ」  それを聞き、少し安堵した僕。でも、
「いや、そういうことは今朝言ってよ!」
 僕は抗議の声をあげた。
「父さん、うっかり」
 テヘ、と可愛くもないのに言う父さんを見て、ああっ昨日までの父さん戻ってきて、と強く思った。
「そういえば、なんで僕がそのあかねちゃんの許婚に選ばれたの? 桜木家と親族になれると聞けば、候補に名乗り出る人はたくさんいると思うんだけど?」
 僕が今朝から思っていた疑問を父さんへと投げかけた。
「それは言えん!」
 父さんは僕の問いかけに胸を張って即答で返した。
「えっ、なんで? そこ大事なところでしょ?」
 それを聞き、仕方がない、と父さんはしぶしぶ話し出した。
「では、話を省略しながら話そう。昔、父さんは桜木家の当主と命を懸けた戦いをした。以下、省略」 「なぜそこを省略!? そこが聞きたいよ!」
「いいか、コタロー。男は拳で語る者なのだ。そして、その拳を交えれば、敵は友、戦友となる。そして戦友と語りながら飲み明かしたあの時の酒は最高にうまかった。……ああっ、うまかった」
 感慨無量といった感じになっている父さん。
「で、許婚の話が決まった。それが10年前のことだ」
「で、ってなにさ! でって!」
 拳で語ってなぜ、そのまま許婚に直結するのさ。わけがわからないよ。
「どちらにしろ今日からあかねちゃんが我が家で過ごすことには変わりない。わかったな?」
「……うん。わかったよ」
 これ以上今の父さんと話し合っても埒が明かないし、今の状態よりひどくなりそうなのでここで反対するのはやめることにするしかないようだ。
 それに必ず結婚するというわけではなんだし、あかねちゃんも嫌になったら結婚しようなどと思わないだろう。
「それでは改めてまして、桜木あかねです。よろしくね」
 あかねちゃんは笑顔を見せ、深く頭を下げた。
「うん。こちらこそ改めまして、草薙小太郎です。よろしく」
 僕も笑顔を返し、深く頭を下げた。
「うむ。これにて話し合い終了!」
 ぱん、と父さんが一本締めして話し合いは終わった。
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