『思緋の色』

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  エピローグ 「4月8日」  

「――よし、書き終えた」
 僕は書き終えた日記帳を閉じて机の引き出しの中へ戻す。時間を確認しようと机端に置かれた時計を見ると今日もあと少しで終わり、明日がやってくる。日付が変わる少し前、寝る少し前に僕はいつも日記を書いている。書き始めたのは中等部に上がってからだから、もう3年経つのか。すでに日記を書くことは僕の日課になっている。
 そして今日も高等部初日という記念すべき日の出来事を日記に書いたんだけど僕の予想していたのとはだいぶ違うものになった。まあ、これはこれで楽しい日になった気がする……と、しておこう。
「コタローくんって日記を書いているんだねぇ」
「うん、そうだよ。って、一体いつの間に!?」
 かけられた声に返事をして驚いた僕は後ろを振り返る。まさか誰かがいるとは思わなかったからおもいっきり不意をつかれた。くそ、この動揺をどうしてくれようぞ。っていうか気配すら感じさせずに背後に近づくなんて、あかねちゃんは忍者ですか!?
 見るとあかねちゃんはお風呂に入ってきたようで甘い香りが部屋に漂う。格好は寝間着に着替えていて桜色のパジャマになっていた。
 うん、可愛い。女の子のお風呂上りはいい、実にいい! と、タッキーのような考えが浮かんだので首をおもいっきり振り、その考えを払った。
「コタローくんが私の体を見て興奮した辺りを書いている時からだよ」
「それって書き始めた頃からいたってこと!? もうなんで黙って見てるんだよ! そして気がつけ僕!」
 日記に書かれたことを見られ、恥ずかしくて顔を真っ赤にしたのが自分でもわかる。
 ああっ恥ずかしい! 穴があれば入りたい! いや、なければ掘ってでも入りたい!
「どうしたの、コタローくん?」
 僕はあかねちゃんに話しかけられて脳内で穴を掘り、そこに隠れてじっとしていた自分からこっち側に戻ってきた。
 あぶないあぶない、あっちに行ったきりになるかと思った。
「だってコタローくんが私のことをどう思っているか知りたいっていう乙女心がそうさせたんだよ?」
 ねっ、と首を傾げていう。
「そんな乙女心はさっさと捨ててよ!」
 まあまあ、と口で僕に落ち着くように宥めながら、あかねちゃんは僕のベッドへダイブした。
 そして枕に顔を沈めたまま、くぐもった声で言う。
「ふふっ、コタローくんの匂いがするよぅ」
 くんくん、と鼻をベッドにこすりつけながら犬のようにベッドの匂いを嗅ぎ出した。
 ああっなんか恥ずかしい。さっきから恥ずかしいことだらけだよ。
「もうやめてよ、あかねちゃん! あかねちゃんは匂いフェチなの!?」
 ベッドの上を素早くころころと転がるあかねちゃんをなんとか捕まえてベッドの外に出そうとしていると、
「違うよ。あえて言うならコタローくんフェチだよ」
 手で頬を押さえながら返してきた。
「何、僕フェチって!? とにかくベッドから出て!」
 そう言って僕は力を入れてあかねちゃんベッドから引っ張りだそうとするとそこに反発する力が入ってきた。
 つ、強い。今更だけどこの小さな体からどうやってこんな力が出ているんだ?
「嫌だもん! だって今日は……初夜、なんだよ?」
 あかねちゃんは初夜という言葉に何か意味を込めて、まあ、予想はつくけど上目遣い――持ち上げようとしている状態なので自然とそうなるんだけど――で言ってきた。
「変に間を開けて変なことを言わないでよ!」
 そう返して、僕はあかねちゃんを引っ張る力をさらに強める。
「本当はコタローくんも嬉しいくせに〜」
 と、あかねちゃんは同意の意味合いを込めた声に併せて鼻をつんつんしてきた。僕はそれが恥ずかしくて顔をさらに赤くする。
「嬉しくないよ! だから、早く出て行ってよ!」
 さっき以上に強く引っ張る。
 でも、こちらの力が増した分に併せて反発の力が強まるのを感じる。
「照れない照れない。だってコタローくん、さっきの日記に私の体を見て興奮したって書いていたもん。でもコタローくんは紳士でもあるから脳内での葛藤があって、なんとか理性を保っているんだよね? 可愛い」
 ふふふっ、といたずらっ子のような目で僕を見てくる。その視線を受け止められずに目を泳がしていると反発していた力がなくなって急に軽くなった。
「冗談だよ、コタローくん。それにもう今日は一緒に寝れたから十分だよ」
 その言葉を聞いて、さっきまで一緒に寝ていたことを思い出し、少し照れくさい。そういえば、もうさっきまでの体の痛みがないな。ふとそれを感じて相変わらずの回復力に驚いた。
「私は自室に帰って寝るね」
 あかねちゃんは自分からベッドを出てくれて、それからドアを開けて立ち止まり、こちらに向き直って、
「おやすみなさい、コタローくん」
 顔に笑みを浮かべ、手を軽く振ったので僕も手を振って返事をしてドアを閉めて出て行ったあかねちゃんを見送る。
 ……なんか思ったよりあっさりと引き上げてくれたな。まあ、いいや。僕もさっさと寝よう。そういえば、あかねちゃんは隣の部屋を使うことになったんだけど、さっき少し覗いたらいつの間にかあかねちゃん仕様になっていた。今日来たばかりなのに一体いつの間に、と思わされたっけ。
 部屋の明かりを消し、僕はベッドに横たわった。暗くなった部屋で月明かりをたよりに時計を見るとあと数分で日付が変わる。目を瞑り、今日の朝からの出来事を思い浮かべながら、さて明日はどんな日になるんだろう、と僕は眠りについた。
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