『思緋の色』

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  特別編1 「七夕の夜」  

「ほら、コタローくん。あれが織姫様であっちが彦星様だよ!」
 あかねちゃんは夜空を嬉しそうに指差している。
「うん、こと座のベガとわし座のアルタイルだね」
「天の川が綺麗だね〜」
 あかねちゃんはうっとりした顔で夜空を見ている。
「王都じゃ明るくて見えないよ」
「じゃあ、年中会えるねぇ!」
「うん、それは違うでしょ」
「……」
「……」
「コタローくんのバカ! なんでそんなに乗り気じゃないの!」
 その言葉より先にあかねちゃんは僕を突き飛ばし、ベランダから落ちそうになった。
「あ、危ないよ、あかねちゃん! あのさ、うれしそうにするのはわかるよ。ええそりゃあもう貴方の顔には幸福オーラが痛いほど漂っているから。でもね、今雨だよ? 残念だけど、どこに織姫と彦星がいるかわたしにはわからないんですよ」
「だからコタローくんは未熟なんだよ。ココロにコスモを感じることができれば雨だろうが地球がなかろうが星の位置なんかまるまるっと分かるんだって」
 あかねちゃんは膨れて言う。
「コスモ? まるまるって……」
七夕の夜のこと。
僕とあかねちゃんは2階のベランダから傘を差しながら夜空を見ていた。
「だってせっかくの七夕イベントだよ? 年に1回織姫様と彦星様が逢える日なんだよ? 雨が降っているからって中止にできないよぅ」
 頬を膨らませなおかつ唇をとんがらせて言う。
「わかったから、傘の先でつっつかないでよ、あかねちゃん!」
「えい、えい」
「そ、そういえばあかねちゃんは短冊になんて書いたの?」
 僕はあかねちゃんに突かれながら訊ねた。
「え? うふふっ、コタローくんの願いと同じことだよぅ」
 あかねちゃんは突くことを止め、頬を染めながら潤んだ視線を僕に送ってくる。
「? どうしたの、あかねちゃん? 赤くなっちゃって?」
 僕が首を傾げて聞くと、
「もう分かってるくせに……」
 と言い、服の裾を小さな手が握る。
 ますますわからなくなり、僕は部屋の中にある笹に吊るした僕の短冊を手に取り見てみた。

『今夜七夕の夜に僕とあかねちゃんがひとつになります! 草薙小太郎』

「? はっ? いや違うよ、あかねちゃん! これ僕が書いた短冊じゃないよ! しかも、なりますってお願いじゃなくって宣言だよ!」
「もう、照れちゃって〜。可愛いぞ、コタローくん」
 そう言いながらあかねちゃんは部屋の中に入り詰め寄ってくる。
「だから、違うんだってば!」
「違うって、それコタローくんの字でしょ?」
「うん、確かに僕の字に見えるけど違うんだよ!」
 ああっどうしよう。どうすればいいんだ? ……ん?
 その時、押入れの隙間から覗いている目と目が合った。
「そうか、父さんか! 父さんそこにいるのはわかっているんだ! 出てこい!」
 そう僕が叫ぶと押入れが開き、
「もう少しでうまいこといくはずだったのだが、つい好奇心に負けて覗いてしまったよ」
 父さんは笑いながら出てきた。
「もう、おじ様ったらドジなんだから〜」
 あかねちゃんが残念そうに父さんに言った。
「いやすまん、すまん。次は気をつけるよ」
 父さんは頭を掻きながらあやまっている。
「何、グルだったの? もうなんでいつもそうなんだよ!」
 もうげんなりです。この2人はずっとこんな感じですよ。
 織姫様に彦星様どうにかしてください!
「おじ様! 私も織姫様みたいにロマンチックな人生にしたい!」
 あかねちゃんが前のくだりとは関係ない感じで話を進める。
「そうか、わかったっ! 今日から私は君たちを阻む天の川となってやろう!」
 高らかに宣言する父さん。もう意味がわからない。
「いや何が言いたいのかわからないんですけど。そもそも人が川にはなれないでしょうが」
 それを聞いて、
「川……、すなわち境、そして引き裂くための壁! そう、私は貴様たちの仲をさえぎる壁という川になったのだ!」
 と、なお意味がわからないことを言っている。
「バカだ……、父さんがこれほどまでバカだったなんて。……いや父さんはバカだからこれぐらい普通だよね。あははっ、なんかおかしいや」
 あかねちゃんが来る前のナイスガイの父さんはどこへ消えたのでしょう。
 帰ってきて尊敬すべき父さん! カムバックマイファーザー!
「納得するな、バカ息子」
「コタローくん! 助けてぇ!」
 いつの間にか手足をロープで結ばれてしゃがみこんでいるあかねちゃん。
 ぜんぜん気がつかなかったよ。一体どうやったんだ?
「……っていうか明らかに七夕の意味と食い違ってない?」
 一応無駄だとは思ったけど訊ねてみた。
「いいの! ロマンチックになれるならいいの! 織姫様よりも悲劇のヒロインがいいのおおっ!」
 やはり無駄だった。
「あかねちゃんは預かった! ×××とか×××とかされたくなかったら父さんを倒してみるがいい!」
 悪役を演じる父さん。
「助けて、コタローくん! このままだと×××とか×××とか×××とかとにかくすごいことされちゃうよぅ!」
 悲劇のヒロインを演じながら×××とかの卑猥な言葉を連呼するあかねちゃん。
 もうあかねちゃんは父さんよりすごいこと言っているよ。
 聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。
「そもそも許婚にしたのは父さんじゃないか、なんでわざわざ引き裂くんだよ」
「きゃあ助けて、コタローくん!」
「この天の川の壁を恐れぬならかかって来い!」
「貴様ら人の話を聞く気ないだろ!」
「いざっ!」
 いきなり父さんが僕に襲い掛かってきた。
「ちょっと待ってよ!」
 それから数分間、僕と父さんの格闘劇は繰り広げられた。


「いててっ」
 負けました。父さん、強すぎです。
「コタローくん! 大丈夫?」
 縄に縛られているあかねちゃんが叫ぶ。
 大丈夫に見えないでしょ? もう終わりにしてよ。
「さすが我が息子。ここまでやるとは天晴れだ! だがしかし遊びはここまでだ。我が草薙流奥義を受けるがいい!」
 父さんはもうぼろぼろになって倒れている僕にお構いなく気合を溜めだした。
 この親父は容赦を知らないのか?
「おじ様ストップ! これ以上はやらないで!」
 あかねちゃんが止めてくれようとしてくれている。頑張れ、あかねちゃん!
「甘い! ガムシロップより甘いぞ! さあコタローよ! これで終わりにしてやるぞ! 必殺!」
「えい!」
「おぐっ!」
 目の前に父さんが気を失って倒れた。
 見上げてみるといつの間にか縄から抜けたあかねちゃんがどこから持ち出したかわからない鈍器を両手に持っていた。


「ごめんね、コタローくん」
「いいよ、もう。それよりもうこんなことしないでね、あかねちゃん」
「ほら、コタローくん。あれが織姫様であっちが彦星様だよ!」
 見事に流されました。まさに流れ星! ……さむっ。
 今、僕とあかねちゃんは2階のベランダから夜空を見ている。
 僕たちがおかしなやりとりをしている間に雨が止み、星空が現れた。
 父さんは部屋の中で気絶したままほったらかしにしている。
 僕らはしばらくの間、星空を見続けていた。
 織姫様と彦星様が年に1度会える七夕。
 来年2人が再び再会する時、僕を取り巻く環境はどうなっているのだろうか。

『どうかよくなっていますように。 草薙小太郎』
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